MINI THEATER

『Summer of 85』Été 85(2020)-François Ozon

362万8800秒の刹那な初恋物語

映画boardに投稿させていただきました。

▶︎【あまりにも痛くあまりにも美しい】362万8800秒の刹那な初恋物語『Summer of 85』

※映画boardクローズのため、記事内容を掲載しています

巨匠フランソワ・オゾンの最新作。原作はエイダン・チェンバーズの小説「Dance on my Grave」(おれの墓で踊れ/徳間書店)。監督自身が17歳の時に実際にこの小説に出会い衝撃を受け、その当時の感情が繊細に表現されている。それはあまりにも痛くあまりにも美しい初恋の物語。『Summer of 85』のネタバレレビューを紹介。

『Summer of 85』

 『サマードレス』(1997)などの短編作品で高い評価を得て、『ホームドラマ』(1998)で長編デビュー。その後世界三大映画祭の常連となった巨匠フランソワ・オゾン(François Ozon)監督。

17歳の時にエイダン・チェンバーズ(Aidan Chambers)による「Dance on my Grave」(おれの墓で踊れ/徳間書店)に出会い感銘を受けたという。それから35年の時を経た2020年。「映画は、作られるべき時機に作られる」(監督インタビューより)と話すオゾン監督の手で、原作の瑞々しさそのままに鮮やかに映画として生み出された。

 作品を彩る音楽を担当したのは、エレクトロ・デュオ「エール」のジャン=ブノワ・ダンケル(Jean-Benoit Dunckel)。さらに作中にはTHE CUREの「In Between Days」やロッド・スチュワートの「Sailing」など数多くの80年代(「Sailing」は1975年)に流行したポップミュージックが使用されている。

 主役のアレックスにはオーディションによってフェリックス・ルフェーヴル(Félix Lefebvre)が抜擢。オゾン監督に「彼こそアレックスだ」と言わしめ、作中でもその演技力は恐るべき光を放っている。あどけなさの残るルックスと憂いを帯びた瞳からは、リヴァー・フェニックス(River Phoenix)を思い起こさずにはいられない。そしてその視線の先に存在するダヴィド役には、バンジャマン・ヴォワザン(Benjamin Voisin)が。俳優だけでなく脚本家としても活動する彼は、まさに“美少年”。その美しい見た目の奥に潜む掴みどころのない不穏ささえも、彼は自らの“美”として纏っている。

 この二人の新星を支える母親役にも注目して欲しい。ダヴィドの母親・ゴーマン夫人は、『サンローラン』(2014)など数々の作品に出演し、演技派として多数の映画賞を受賞しているヴァレリア・ブルーニ・テデスキ(Valeria Bruni Tedeschi)が演じている。アレックスの母親・ロバン夫人には、これまでセザール賞に3度ノミネートされたイザベル・ナンティ(Isabelle Nanty)が。それぞれ対照的な息子を持つ母親の姿と、多くの母親が不偏的に持つ揺るがぬ息子への愛の形が見事に示される。

あらすじ

 セーリングを楽しもうとヨットで一人沖に出た16歳のアレックス。突然の嵐に見舞われ転覆した彼を救助したのは、18歳のダヴィド。二人は急速に惹かれ合い、友情を超えやがて恋愛感情で結ばれる。アレックスにとってはこれが初めての恋だった─。

映画評論

16mmフィルムの映像と音楽が導くエモーショナルな世界観

 16mmフィルムによるざらつきのある映像と音楽がとにかくエモい。どこを切り取っても絵画のように美しく、鑑賞者を1985年の世界へとごく自然に導いてくれる。ケミカルウォッシュのノースリーブのデニムジャケット、首元に巻いたバンダナ、ものすごくかっこよくダヴィドが開く折り畳みコーム、ボーダー、ポルカドット……。これらのフレンチルックが時を超えて当時の香りを運び、気が付けばわたしも彼らと同じ世界に立っていた。そしてアレックスと同じように初恋に燃え上がり、その優しい笑顔に包み込まれ、胸を切り裂かれるような痛みを感じたのだった。
 舞台となったフランスのノルマンディーの街、ル・トレポールの空と海は青すぎるほど青い。そこに降り注ぐ太陽の光はキラキラ輝く宝石のように美しい。しかしダヴィドのTシャツやダヴィドのヨット「calypso(カリプソ)」の内側、夕日などの所々に差し込まれる赤やオレンジが、穏やかな青色と対照的に鋭く痛い。美しいこの場所で二人の青年の出会うという一見普通の出来事が、この穏やかな時の流れを切り裂くような不穏さを秘めているようにも感じられた。
 ちなみにダヴィドのヨットの名前「calypso(カリプソ)」は、ギリシャ神話に登場する海の女神。『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』(2007)のキャラクターとしてご存知の方も多いだろう。人間であるオデュッセウスに恋をして、妻子の元へ帰らせまい7年も自分の元に引き止めていたというもの。この神話にアレックスとダヴィド、そしてケイトを重ね観てみるのも面白い。

ただまっすぐに、初恋の物語

 「ただまっすぐに、初恋の物語」これこそがこの作品の最大の魅力であるとわたしは思う。

セクシャリティに対する柔軟な考えやジェンダーレスが浸透しはじめた現代だからこそより強くそう感じることができたのかもしれない。しかし1985年が舞台でありながらこのように感じさせてくれたのは、やはりオゾン監督の素晴らしい手腕があってからこそであると断言できる。原作に衝撃を受け、長い時間をかけて大切に創り上げた作品であるからこそなのだ。
 これは初恋の恋愛物語。恋とか愛とかそういうものに性別や年齢は関係なく、ただ人間という生物はそれに心を動かされる。時に優しく包まれ、時に残酷に苦しめられるのがそれ。つまりそれは蜜であり棘なのだ。

 男と女の恋愛、男と男の恋愛、女と女の恋愛、どのような人であれ、この作品は自由で美しくそして儚い初恋というものを感じさせてくれるであろう。これから恋をする人も、ずっと前に初恋を経験した人も、純粋なこの物語に心をときめかせ、また痛みも感じることができる。

死が教えた生きる道標 ※ここからネタバレあり

 「死そのものに僕は惹かれている」というアレックス。ダヴィドからは「君は死の観念に惹かれているだけだ」と言われる。

アレックスは実際にダヴィドの死を経験するまでは、ただぼんやりとそういった「死」への興味やあるいは憧れを抱いていた。そんなアレックスがダヴィドを失ったまず考えたのが、自分も死んでダヴィドに会いに行くというもの。しかし上手くいかない。それはどこかだアレックス自身が、自分の死にブレーキをかけていたからではないだろうか?アレックスが惹かれる「死」とはあくまで自分が体験したいものではない。そのことからやはり「死の観念」に惹かれているということがわかるのだ。

 ダヴィドの死体や墓を目の前に、怒りや悲しみから込み上げてくる衝動が抑えられなくなるアレックス。これはまるで死と闘っているようだった。またルフェーヴル先生の助言により、アレックスは言葉でダヴィドを生き返らそうとする。つまりアレックスはダヴィドの死と向き合おうとしたのだ。

「死」と向き合うことは、同時に「生」についても考えることになる。アレックスは、ダヴィドという愛する人であり親友である者の死をきっかけに、生きる道標も見つけたのだろう。

愛は幻想なのか?

 落ちるところまで落ちてしまったアレックスを救ったのは、自分の言葉でダヴィドを語ることと、ケイトの支えであった。ケイトはダヴィドの死後にアレックスとの関係を知り、自分がそうとも知らずにダヴィドと関係を持ったことをアレックスに謝罪した。そしてアレックスの心がおさまるように、死体安置所での対面にも協力した。アレックスはケイトと話すことができてずいぶん楽になっていくように見えた。

 僅かな時間で二人は、ダヴィドという今は亡き人間を通して友人として急速に心を近づけた。そんなケイトがアレックスに言った言葉。 

理想の顔に出会い、心も理想通りだと幻想を抱いたのでは?あなたは幻想を愛していたのよ

出典元:https://summer85.jp/

これには30代のわたしもハッとさせられた。

そうなのだ。愛とは時にひとりよがり、自分にとっての理想の幻想である。

それが独占欲や嫉妬を掻き立てる。相手の自由を奪い、小さな世界に閉じ込めることは決して本当の愛ではない。そしてその逆の立場に立たされている者もそこに気付かなければならない。改めてそう強く思わされた。

 アレックスはきっとケイトにこう言われて気付いたのだろう。そしてひとつ、大人へと歩みを進めるのであった。

最も印象的なダンスシーン

 最後に紹介したいのが、わたしが最も印象的であったアレックスとダヴィドのクラブでのダンスシーン。ロマンチックが渋滞している!!!!これぞ初恋、これぞ恋愛!何度観ても瑞々しい。

作品情報

『Summer of 8』

8月20日(金) 
新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ、グランドシネマサンシャイン池袋ほか全国順次公開

原題:Ete 85/英題:Summer of 85 
監督・脚本:フランソワ・オゾン 
出演:フェリックス・ルフェーヴル、バンジャマン・ヴォワザン、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ、メルヴィル・プポー
配給:フラッグ、クロックワークス
公式サイト:summer85.jp 【PG-12】
公式Twitter/Instagram:@summer85movie
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