MINI THEATER

『シチリアを征服したクマ王国の物語』LA FAMEUSE INVASION DES OURS EN SICILE(2019)-Lorenzo Mattotti

acinephile

シチリアを征服したクマ王国の物語

 2022年1月14日公開、『シチリアを征服したクマ王国の物語』のレビューを一足お先にお届け。もちろんネタバレはなしです(詳しい映画評は公開後Podcast/Radiotalkで配信予定)。

 1945年の発表以来ヨーロッパで半世紀以上も愛され続けている原作は、20世紀のイタリア文学を代表し、「イタリアのカフカ」と称されるDino Buzzati(ディーノ・ブッツァーティ)によるもの。

 そしてそれを、色彩豊かなユーモア溢れる見事なアニメーション映画として完成させたのがLorenzo Mattotti(ロレンツォ・マトッティ)だ。雑誌「The New Yorker(ザ・ニューヨーカー)」の表紙や「COSMOPOLITAN(コスモポリタン)」、「VOGUE(ヴォーグ)」などでイラストレーターとして活躍し、本作では監督とグラフィックデザインを務めた。赤・緑・青のグラデーションが特徴的な色彩と、彼が学んだ建築学、そして伝統の西洋美術が確かに息づき、原作をさらに美しい物語へと昇華させている。

 脚本を担当したのはジャック・オディアール監督とのタッグで知られる、トマ・ビデガンとジャン=リュック・フロマンタル。そして音楽を、映画音楽のほか舞台音楽でも名高いルネ・オーブリが担当した。

 人間をクマになぞらえ、普遍的な教訓をファンタジックかつユーモアたっぷりに描いた本作は、2019年にカンヌ国際映画祭ある視点部門、アヌシー国際映画祭で上映され、映画評論サイトRotten Tomatoにおいて批評家満足度100%を獲得。日本でも第8回新千歳空港国際アニメーション映画祭において長編部門グランプリを獲得するなど、世界中で高い評価を得ている。

あらすじ

 とおいむかし、シチリアの古代の山奥でクマの王レオンスと息子のトニオは平和に暮らしていた。ところがトニオが猟師に連れ去られたために、レオンス息子を探し雪山を下りて人間の街へ──。

映画評論

幻想的な色彩を纏った温もり溢れるアニメーション

©2019 PRIMA LINEA PRODUCTIONS – PATHÉ FILMS – FRANCE 3 CINÉMA – INDIGO FILM

 わたし自身、日本のアニメやアニメーション映画が大好きなひとりである。アニメ作品は隅々にまで作者の意図が込められており、その一瞬一瞬のすべてが意味あるもの。それがわたしのアニメを好きな理由のひとつだ。そしてもちろん、視覚的に楽しませてくれることもアニメーションの大きな魅力。その表現方法には、まるで現実世界のような写実的な作品、アニメーションならではの繊細で美しい陰影が強調された描写、ユーモア溢れる印象的な描き方などとさまざまなものがある。

 フランス・イタリア合作のアニメーション映画である本作は、大胆で幻想的な色彩が使用され、建築的発想・思想のもと美しく計算された構図がとられた2Dアニメーションに仕上げられている。整列され描かれた木や雲にはしっかりと影がつけられ、一見同じように見えて、よく見ると全く異なる形や色彩をしている。このように、マジョリティ、あるいはコミューンの中で、一頭一頭、ひとりひとり、異なった個性を持っているクマや人と重ねてみると面白い。また背景は大きく描かれ、登場するキャラクターは小さい。広角が多用されており、自然の偉大さを見せつけられる。そしてその芸術性の高さから、切り取って額に入れて飾りたいと思うシーンがいくつもあった。さらに印象的だったのが色調の異なる「青」の用い方。一般的な「青」のイメージである、寒さや悲しみのほか、不思議と「青」から喜びや温かさまでも伝わってくるのだった(もちろん黄色からもだが)。そして何より、夜の「青」が美しく幻想的なのだ。

©2019 PRIMA LINEA PRODUCTIONS – PATHÉ FILMS – FRANCE 3 CINÉMA – INDIGO FILM

 また滑らかな動きが、茶色くて大きくて強そうなクマをなんとも愛らしく見せてくれる。とにかく最初からこの動きが心地よくて、クマ(スクリーン)とわたし(人間)の間に隔たる現実とファンタージーの溝に、小さな橋をかけてくれたようだった。

チャーミングでユーモラスなキャラクターたち

 作中に登場するキャラクターもユーモア溢れるものばかり。特にわたしのお気に入りは老クマ。キャラクターとして一番好き。そして気になったのは魔術師のデ・アンブロジス。最初は自分にとって都合のいいことしか考えていないのだが、次第に変化していく様子が見ていて面白かった。しかもそれは、魔術師自身が改心したとか心変わりしたとかそういった何かのきっかけがあったわけではなく、クマと生活する中でごく自然と変化していくのである。もちろん根っからの悪者ではなかったはずだが、彼を自然とそうさせた周囲の環境に注目したいところだ。

 本作では原作に登場するキャラクターのほかに語り部のジュデオン、その助手であり、またそれとは別に劇中に登場する少女・アルメリーナ、そして老クマが加えられている。この3つのキャラクターが加えられたことにより、物語をより客観的かつ教訓として捉えることができ、さらに多角的にキャラクターに寄り添うことが可能になった。特に語り部の助手であるアルメリーナは、ジュデオンと共にこの物語を老クマに語り、そして物語の続きを聞くことによって、確かな成長の姿を見せる。ラストのアルメリーナの姿が不思議と頼もしく立派に見えてたのは、決してわたしに限ったことではないだろう。

©2019 PRIMA LINEA PRODUCTIONS – PATHÉ FILMS – FRANCE 3 CINÉMA – INDIGO FILM

目に見えるものが正しいとは限らない

 この作品の大きなテーマのひとつである「目に見えるものが正しいとは限らない」ということ。それは普遍的なものであり、生きものすべてが教訓としなければならないことだ。かわいいクマたちと華やかな色彩の世界には、いつもどこか不穏さが感じられる。この、手放しでただただ「クマがかわいい!」「美しいアニメーションだ!」と喜ぶことのできない微妙さがしっかりと落とし込まれていることは、ロレンツォ・マトッティ監督だからこそ成し得たことなのだろう。かわいくて面白い、そんな世界にも側面が必ずある。それは真っ暗な世界。そして誰もが(人間に限らず)いつそちら側へ足を踏み入れてもおかしくない世界。

 これは現代社会でも大切な教訓であり、寧ろ今この社会にこそ必要な物語。科学やITなどの発展、民主主義と言われる政治、身近な人間関係。素晴らしい世界が目の前に広がっている。

 しかし一方でこういった見方もできてしまう。目に見えない蜘蛛の糸で確実に繋がっているネット社会。その場しのぎの聞こえのいい政策で支持を集めようとする政治。出鱈目な愛や友情を餌に身も心も蝕む陳腐な人間関係。

 こんなことは信じたくないし、それでもどこかで微かに輝く温かい光を探す自分がいる。光はきっとある。忘れてはいけないのは、光の裏側には必ず影があるということだ。

©2019 PRIMA LINEA PRODUCTIONS – PATHÉ FILMS – FRANCE 3 CINÉMA – INDIGO FILM

ちっぽけなわたしたち人間への贈りもの

©2019 PRIMA LINEA PRODUCTIONS – PATHÉ FILMS – FRANCE 3 CINÉMA – INDIGO FILM

  そしてもうひとつ、この作品を鑑賞して考えさせられることが「アイデンティティ」だ。作中ではクマと人間が共存し、そのトップに立つのはクマであるレオンス王なのだ。人間は傲慢で欲にまみれた、いわば「悪」の手本のように描かれている。しかしクマであるからといって誰もがいつまでも「善」でられるとは限らない。環境の変化によって、生きものは善にも悪にもなる。そしてそれは決して「クマだから」「人間だから」という区別によって決められるものではないのだ。

 これを「男だから」「女だから」、「日本人だから」「日本人ではないから」などに置き換えることは、あまりにも容易なことなのだ。男女、人種、年齢、外見、性格、そしてもっと広げるなら、動物の種類や生物の種類に至るまで……。みんな違うがみんな同じ地球に暮らすものなのだ。

©2019 PRIMA LINEA PRODUCTIONS – PATHÉ FILMS – FRANCE 3 CINÉMA – INDIGO FILM

 少しくらい進化しているからと、人間が威張っていいわけではい。知識があるからって、みんなが住むこの星を汚していいわけではない。生まれた国が違っても、目や肌の色が違っても、話す言葉が違っても、性別が違っても、年齢が違っても、それは人間というボディスーツに身を包んだ単なる生きものであり、大切なのはその中身(心)を見ること。道に咲いている花だって踏みつけられたら悲しいだろう。反対に、太陽を浴び、たっぷりの水を与えられたらきっとうれしいだろう。そういうこと、みんな違ってみんな同じなのだ。

 このひとつの物語に詰め込まれた教え。それはちっぽけなわたしたち人間への贈り物。わたしたちが今という世の中をしっかりと見つめ、そしてひとりひとりが自身で選択し、歩んでいく道(未来)のための、大切なヒントになってくれるだろう。

日本語吹き替え版のキャストにも注目

 小さなお子さまと一緒に鑑賞するなら日本語吹き替え版がおすすめ。こちらもユーモア溢れる豪華キャストが集結。語り部のジュディオン、魔術師のデ・アンブロジスの吹き替えを担当したのはTasuku Emoto(柄本佑)。語り部助手のアルメリーナ、劇中の少女アルメリーナ、子トニオを担当したのはSairi Ito(伊藤沙莉)。そして老クマをLily Franky(リリーフランキー)が務めている。わたしももう一度鑑賞するなら、次はぜひ吹き替え版で楽しみたいと思っている。

作品情報

©2019 PRIMA LINEA PRODUCTIONS – PATHÉ FILMS – FRANCE 3 CINÉMA – INDIGO FILM

映画『シチリアを征服したクマ王国の物語』
2022年1月14日(金)より新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

監督・グラフィックデザイン:ロレンツォ・マトッティ
脚本:トマ・ビデガン、ジャン=リュック・フロマンタル、ロレンツォ・マトッティ
制作プロダクション:プリマ・リネア・プロダクションズ(『レッドタートル あ
る島の物語』)Pathé France 3 Cinéma Indigo Film with Rai Cinema アニメーション・スタジオ:3.0 studio
原作:ディーノ・ブッツァーティ『シチリアを征服したクマ王国の物語』(福音館書店刊)
日本語字幕:井村千瑞
提供:トムス・エンタテインメント、ミラクルヴォイス
配給:ミラクルヴォイス
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本フランス・イタリア合作/2019年/カラー/82分/ビスタサイズ/5.1ch/フランス語/原題:LA FAMEUSE INVASION DES OURS EN SICILE

©2019 PRIMA LINEA PRODUCTIONS – PATHÉ FILMS – FRANCE 3 CINÉMA – INDIGO FILM

ABOUT ME
カリナチエ / CHIE KARINA
カリナチエ / CHIE KARINA
ライター
ファッションブロガー、ウエディングカメラマン、国際医療系NGO広報、モノメディアWEBライターを経てフリーライターへ。映画、カメラ、グルメ記事などを中心に執筆。また映画評論サイト「a Cinephile」を運営中。
記事URLをコピーしました