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『アメリカン・ユートピア』DAVID BYRNE`S AMERICAN UTOPIA(2020)-Spike Lee

不自由な中で味わう自由こそ、至福

映画boardに投稿させていただきました。

▶︎デイヴィッド・バーンをよく知らない私が『アメリカン・ユートピア』観たら……最高だった!!

映画boardクローズのため、記事内容を掲載しています

元トーキング・ヘッズのフロントマンであるデイヴィッド・バーン(DAVID BYRNE)と、『ブラック・クランズマン』でアカデミー賞脚色賞を受賞したスパイク・リー(SPIKE LEE)監督がタッグを組み制作された音楽映画。デイヴィッド・バーンをあまりよく知らない私が鑑賞したら……最高でした!※ネタバレ映画評

なぜだかたまらなく惹かれた『アメリカン・ユートピア』

尊敬する映画評論家・大森さわこさんがTwitterでカウントダウン連載をされていたことで、うずうずと気になりはじめた『アメリカン・ユートピア』。ブルーをベースにイエロー × ホワイトの文字が映えるフライヤー、そこに浮かぶ凛々しい面々が私を無言で誘う。それに加え、監督がスパイク・リーと来る。うずうずが最高潮に達した早朝4時、気がつけば私はスマートフォンでチケットを購入していた。

しかし私には、この作品を鑑賞するにあたって唯一にして最大の不安要素があった。それはデイヴィッド・バーンのことも、彼が所属したトーキング・ヘッズのことも、「なんか名前は聞いたことがある……」程度で、ほとんど知らないに等しいということだった。ファンの皆さま、こんな新参者の私で申し訳ございません。しかしたまらなく惹かれてしまったのです。そして、最高の時間を堪能させていただきました。

デイヴィッド・バーン × スパイク・リー

・デイヴィッド・バーン(DAVID BYRNE)

1952年、イギリスのスコットランドに生まれる。2歳の頃にカナダへ引っ越し、その後アメリカへ。ロード・アイランド・スクール・オブ・デザインで出会った、クリス・フランツとティナ・ウェイマスと共にトーキング・ヘッズを結成し、1977年にデビューした。ジョナサン・デミが監督を務めたライヴ映画『ストップ・メイキング・センス』やミュージックビデオなどの映像作品にいても高い評価を得ている。1986年には『デヴィッド・バーンのトゥルー・ストーリー』で自身も監督デビューを果たした。1987年の『ラスト・エンペラー』では、坂本龍一、コン・スーと音楽を手掛け、アカデミー賞作曲賞を受賞。その活動は音楽のみに留まらず、イラストや写真、エッセイなど多岐にわたる。 

・スパイク・リー(SPIKE LEE)

1957年ジョージア州で生まれたスパイク・リーは、3歳の頃にニューヨークへ移り住む。そこで映画を学び、1986年に『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』で長編デビュー。その実力はすぐさま評価され、一気にスターダムにのし上がった。1989年公開のアメリカ社会に蔓延るに人種問題に切り込んだ『ドゥ・ザ・ライト・シング』では、自身が監督・脚本・製作・主演を務め、アメリカのみならず世界中に新たな風を吹き込んだ。2018年の『ブラック・クランズマン』ではアカデミー賞脚色賞を受賞し、名実ともに大成功を収めている。世界を牽引し続けるカリスマ的映画人。

傑作!『アメリカン・ユートピア』

本作は、2018年にデイヴィッド・バーンが発売した10枚目のアルバム「アメリカン・ユートピア」のワールドツアー後に、ブロードウェイのショーとして再構成された舞台が映画化されたものである。革新的なショーで高い評価を得たデイヴィッド・バーンは、映像化を現実にするために知人であるスパイク・リーにコンタクトした。ボストンでの公演を鑑賞したスパイク・リーは、すぐに映像化のためのカメラワークをつかめたという。トーキング・ヘッズ時代にジョナサン・デミ監督によって製作された伝説的ライヴ映画『ストップ・メイキング・センス』の根幹を引継ぎつつも、新たな時代の中に放たれた最高の音楽映画に仕上げられている。

映画評論

ミニマルな空間に広がる無限の世界

まず私を引き込んだのが、今まで見たことのないそのステージセットだ。3方向を上から吊り下げられたチェーンのようなもので囲まれた無機質なステージ。そこにグレーのスーツをきちんと着用し、足元は裸足のデイヴィッド・バーンが人間の脳の模型を持って現れる。やがてアルバム「アメリカン・ユートピア」の最後の収録曲である「Here」を歌い出すーー。

クラシックバレエのオーディションが行われるステージのように、ただそこに立つ人間に絞られたスポット。真上からのショットが美しい。ライティングによって人の姿が一瞬で消えたり現れたり、またステージの床に落とされた四角い陰が音に合わせてチェッカーを描く演出はさすがだった。それに加えて、時折キラキラと輝くチェーンが上品な彩りを添える。それらによって息を吹き込まれたステージは、時に叫びをあげ、時にユーモラスに戯けてみせ、時に私たちを優しく包んでくれるのだった。

楽器のケーブルもアンプもスピーカーもない。「ステージから一番大切なもの以外すべてを排除したら……残るのは我々と皆さんだけ」。デイヴィッド・バーンとダンサー、肩から楽器を下げたプレイヤーの計12名。そしてこのショーを創りあげるメンバーとして欠かすことのできない観客によって、ここに誕生した一つの世界が躍動しはじめるのであった。それはまるでこの世界そのもののようにも感じた。

人は音楽の前に不可抗力

このショーが行われた2019年、数年後に世界がウイルスによって支配され多くのことが制限されてしまう世の中になることを誰人として想像していなかったであろう。そんな中、日本では幸福にも制限付きでありながらも本作が劇場公開となった。

映画館の優れたサウンドシステムから放たれるワールドワイドな音と、その音に身を委ねながら語るかのように奏でる姿が巨大なスクリーンに映し出される。もはや私はそれに身を任せることしかできなかった。彼らの音楽が身体の隅々まで猛スピードで駆け巡り、脳を潤し、精神を解放し、それに“伝染”していく自分をはっきりと感じた。私は立ち上がって手を挙げることだけはせめてやめなければと、今にも躍り出しそうな我が身を抑えるのに必死だった。

コロナ禍という不自由な中で味わう自由こそ至福であり、通常のライブでは味わうことのできない多幸感に包まれる。この体験は“映画館で体験すべきだ”と強く勧めたい。

本物の生バンドが贈る洗練されたショータイム

マーチングバンドをモチーフしたプレイヤーは、マスゲームのように美しく移動し、またコンテンポラリーダンスによって感情的に表現をし、チェーンの後ろから楽器だけを覗かせて演奏して見せたりと、視覚からも鑑賞者を満たしてくれた。そのパフォーマンスは、クールでキュートでクセになる。ラストには汗で変色したスーツが映し出され、そのプロ魂に感服させられるのであった。

軽快なデイヴィッド・バーンのトークの流れから、メンバーの紹介をしながら“生バンド”であることを証明する「Born Under The Punches」では、音がひとつ、またひとつと重なりあっていく様子から音楽の凄さを改めて感じることとなる。それぞれの奏者の出身地も紹介し、さりげなく「移民であろうと人種が違おうと、そんなことは関係ない」と示していたのだろう。そしてアメリカという国が、こうした人々で成り立っていることを誇り高く堂々と示していると捉えることができた。

圧巻だったのが、ジャネール・モネイのプロテスト・ソング「Hell You Talmbout」のカヴァー。白人警官の犠牲となった黒人の名前を連呼し、観客に「名前を言え!」と投げかける。本作の観賞後すぐにサウンドトラックを購入し、今日まで何百回も聴いている。ノイズキャンセリングイヤホンを着けて渋谷のスクランブル交差点の真ん中でこれを聴いた時には、はち切れそうなほどの胸の痛みと、焼けるような熱さを感じた。そして劇中の演奏シーンは今でも鮮明覚えている。このデイヴィッド・バーンとプレイを共にするメンバーの中にアジア人はいないが、今まさにアメリカで多発しているヘイトクライムのことも考えずにはいられなかった。

私たちが目指すユートピアは私たちの手で作るもの

2019年~2020年当時、トランプ政権下にあったアメリカは、国が政治によって分断されていた。そんな中制作された本作は、選挙への参加の呼びかけや人種差別問題など、社会的なメッセージがかなり色濃く示されている。デイヴィッド・バーンとスパイク・リーが世界に放った『アメリカン・ユートピア』という作品は、アメリカのみならず全ての人類に投げかけているのではないだろうか?

急がなくてもいい。大きく何かを求めなくてもいい。けれど小さな声や小さな想いの積み重ねが、やがて私たちをユートピアへと導いてくれるのだろう。 だから今まで多くの人が声を上げずに右に倣えで生きてきた私たちも、今まさに変化が必要な時なのかもしれない。

作品情報

『アメリカン・ユートピア』5月28日(金)より全国ロードショー
©2020 PM AU FILM, LLC AND RIVER ROAD ENTERTAINMENT, LLC ALL RIGHTS RESERVED

監督:スパイク・リー
製作:デイヴィッド・バーン、スパイク・リー
出演ミュージシャン:デイヴィッド・バーン、ジャクリーン・アセヴェド、グスタヴォ・ディ・ダルヴァ、ダニエル・フリードマン、クリス・ジャルモ、ティム・ケイパー、テンダイ・クンバ、カール・マンスフィールド、マウロ・レフォスコ、ステファン・サンフアン、アンジー・スワン、ボビー・ウーテン・3世
ユニバーサル映画
配給:パルコ
宣伝:ミラクルヴォイス

公式サイト:americanutopia-jpn.com
2020年/アメリカ/英語/カラー/ビスタ/5.1ch/107分/原題:DAVID BYRNE`S AMERICAN UTOPIA/字幕監修:ピーター・バラカン