FILM REVIEW

『タクシードライバー』Taxi Driver(1976)-Martin Scorsese

▶︎孤独が蝕む孤独な自分

第29回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した作品。いろいろヤバイ秀逸作。

この作品は観て真っ先に思い浮かんだのは、J.D.Salinger(サリンジャー)の『The Catcher in the Rye(ライ麦畑でつかまえて)』。内容が似ていると言うわけではなく、即ち好き嫌いがハッキリと分かれる作品であり、好きな人はとことん、崇拝するほど好きな作品であるということだ。

ではどう言った人が好きになるのか考えてみる。それは内向的な人ではないかと推測する。主人公のトラヴィスは内向的な人間で、他人と接することが不器用だ。そして鑑賞者であるわたしも内向的な人間で、自分の内にばかり問いかけている。そんなわたしはトラヴィスの心情に共感できる部分も多く、意味不明な行動に理解できる部分もあった。

人間は少なからず皆孤独を抱えて生きている。加えて内向的な人物は、気付かぬうちに自らの孤独から孤独へと自分を陥れていることがある。「どうして自分ばかり」「どうしてわかってくれないんだ」、自分の首に手をかけているのは自分だということも分からずに。

▶︎あらすじ

トラヴィス・ビックルはベトナム戦争で海兵隊に所属していた過去を持ち、その影響か不眠症に悩まされていた。そのため、タクシードライバーという深夜でも働くことのできる職に就き、ニューヨークのマンハッタンでどんな客でも乗せていた……

▶︎作品批評

画像出典:Yahoo!映画

役作りのストイックさでも有名なRobert De Niro(ロバート・デ・ニーロ)はトラヴィス・ビックルを理解し、トラヴィスになり切るためにタクシードライバーの免許を取得した。さらに実際にニューヨークで3週間タクシードライバーとして働いた。彼の完全なる落とし込みと演技力なしではこの素晴らしい脚本も全く意味を為さなかっただろう。脚本は、監督と役者をはじめ作品に携わる全ての人と心があってこそ光を放つ。これほどダークで狭く閉ざされた世界観を表現できたのは、スタッフひとりひとりがPaul Schrader(ポール・シュレイダー)の自伝的脚本を理解し共感し、そしてリスペクトした証なのかもしれない。

また、3歳の頃からCMやテレビドラマで子役として活躍していたJodie Foster(ジョディ・フォスター)も出演している。当時13歳で12歳の少女娼婦アイリス役演じ、アカデミー助演女優賞にノミネートされた。撮影の際にはロサンゼルスの福祉局が毎日監視に訪れ、ジョディの精神面などに悪影響がないようにされていたという。

ニューヨーク・マンハッタンの夜、そこにいる人々に不満を吐き、見下している。しかし帰還兵として社会に馴染めず、不眠症という悩みを抱えたトラヴィスには唯一の居場所だったのだ。プライドが高く、自己愛の強いナルシストな一面と、心の底に抱える黒い何かが、Bernard Herrman(バーナード・ハーマン)の甘く切ない感傷的な旋律の後ろで見え隠れする。Alfred Hitchcoc(アルフレッド・ヒッチコック)監督らから絶対的信頼を得ていた映画音楽の作曲家であるハーマンの遺作となった。この作品の収録の12時間後に彼はこの世を去ったのだ。ハーマンが最期にこの世にはなったその“声”に、一度は瞳を閉じて浸ってみるのもいいだろう。

トラヴィスは誰からも相手にされず、社会に対する不満は溢れる一方。そんな時に銃を手にし、自分が強大な強さを手に入れたと感じる。そしてその力で社会を変えようと計画を立てる。「銃」というものは、その引き金を引くだけで一人の人間の命を簡単に奪うことができる。それは誰かの首を閉めて殺害するよりも、遥かに簡単で、さらに直接相手に触れないことから驚くほどあっさりと殺人が行える道具であると推測する。そんな物を手に入れたとき、自分には世界が救えるとさえ思うことにも無理はない。トラヴィスは大統領候補の殺害を計画する。それはトラヴィスにとって使命感に溢れる正義の行動だったのであろう。孤独なトラヴィスには他の方法など思いつくこともできなかった。しかしその計画も失敗に終わる。

画像出典:Yahoo!映画

トラヴィスは自分が悪役になることで世の中を変えたかった。それが正義であると思っていた。しかし失敗し、逃亡した先の売春宿で狂気的に人々を殺害する。そしてカッコよく自殺するつもりが、銃の弾切れで死にきれなかった。彼は尽く失敗を繰り返したのだった。

そしてそんなトラヴィスを英雄扱いしたマスコミ。ここには社会の異常性が現れてる。大統領候補の殺害を目論んでいたトラヴィスが狂気的に銃を撃ちまくった結果が、英雄……。物事を深く正確に把握しようとせず、上辺だけで作られた当時のアメリカ社会の異常性がうかがえる。

孤独なトラヴィスは、悪役にも英雄にもなれなかった。しかしその狂った社会の間違った情報のおかげでアイリスや職場の仲間など周囲の人々の関心を集め、彼は孤独からようやく解放されたのだ。トラヴィスが憎んだ社会は、皮肉にも彼を救ったのかもしれない。

【*ネタバレ】映画史に残る名シーン「You talkin’ to me?」(俺に用か?)

2005年にアメリカ映画協会が選出した「アメリカ映画の名セリフベスト100」では10位にランクインを果たしたこのシーン、実はデ・ニーロのアドリブ。映画の歴史に刻まれるほど有名なシーンとなった。

▼作品データ

『タクシードライバー』(アメリカ)
原題:Taxi Driver
公開:1989年
監督:Martin Scorsese
脚本:Paul Schrader
撮影:Michael Chapman

▼観賞データ

wowow