『めくらやなぎと眠る女』Saules Aveugles, Femme Endormie(2022)-Pierre Földes
『めくらやなぎと眠る女』
村上春樹の作品を原作とし、音楽家・アニメーション作家のピエール・フォルデスによってアニメーション映画化された、『めくらやなぎと眠る女』。脚本と音楽もフォルデス監督が担当。村上作品がアニメ映画化されるのは今回が初のことで、本作では「かえるくん、東京を救う」「バースデイ・ガール」「かいつぶり」「ねじまき鳥と火曜日の女たち」「UFOが釧路に降りる」「めくらやなぎと、眠る女」の短編小説6作品を翻案し、ひとつのアニメーション映画として映像化されている。
アヌシー国際アニメーション映画祭では審査員特別賞を受賞。さらに、新潟国際アニメーション映画祭では第一回目のグランプリとなるなど、世界各国で高い評価を得ている。
日本語版では、地震の直後の妻が家を出てしまった銀行員の小村を磯村勇斗が、その妻・キョウコを玄理が、そして小村と同じく銀行員でありながら、かえるくんとともに東京を救おうとする片桐を塚本晋也(塚は旧字)が演じる。
あらすじ
2011年の東日本大震災直後の東京。テレビでは被害を伝えるニュースが流れ続け、小村の妻・キョウコは1日中ソファに座り、それを観ていた。やがてキョウコは、置き手紙をのこして小村の元を去ってしまう。
同じ頃のある日、小村と同じ銀行に勤める片桐が帰宅すると、部屋には巨大な“かえるくん”が待っていた。かえるくんは、東京を巨大地震から救うため、片桐に協力を求めに来たのだった──。
作品評論
美しいひとつの物語となった6つのお話
本作で原作となった6作の短編小説。筆者は「かいつぶり」と「ねじまき鳥と火曜日の女たち」以外は随分前に読了しており、まずはこの2作品の原作を読む前に試写を鑑賞することにした。(※今回は英語版を鑑賞)
結果、知っているストーリーも知らないストーリーも忘れかけていたストーリーも、その境目がわからないほど自然に、ひとつの作品に仕上げられていることがよくわかった。
「めくらやなぎと、眠る女」の小村を中心に登場人物はさまざまな物語の世界へと迷い込み、その世界をあたかも自分の世界のように生きていく。そのなめらなかなストーリーの繋がりは、一貫した村上春樹のカラーや彼の作品に漂う「生」「死」の匂いのお陰だけではない。まるで音楽のリミックスのように、見事に原作の良さと独自の新しさが融合させたフォルデス監督の手腕ともいえる。原作を知っている者としても、非常に心地よく物語が自分のなかに浸透していくのがわかった。
独自のライブ・アニメーション
本作のアニメーションは、「ライブ・アニメーション」という技法が採用されている。絵コンテにそって実際に役者が演じ、それを2Dアニメーションで落とし込むという制作技法だ。また、声を担当する役者もキャラクターに近い年齢のものが集められ、アニメーションと同じ動作をしながら声あてをしたそう。
この手法が、アニメーションで原作の魅力を表現するにあたって大正解だったことは間違えない。「ライブ・アニメーション」には滑らかさと2Dのぬくもりを併せ持つ、どこか艶かしいものがあり、『THE FIRST SLAM DUNK』でも採用されていたモーションキャプチャとは異なる。リアリティとファンタジーが融合するマジックリアリズムな村上春樹の世界観を確実にあらわしていたのが、ライブ・アニメーションなのだ。皺やたるみといった人間の皮膚感を大袈裟なほどにまで描かれたキャラクターはみな、なにか謎めいたものを内に秘めた表情を浮かべている。瞬き、視線、髪を触る仕草など、そのひとつひとつが妙にリアルで、ほかのアニメにない「艶かしい」魅力を感じた。また日本のようでどこか異世界の香りを漂わさるファンスティックでノスタルジーな背景も印象的であった。
カメラワークやエッジの効いたショットもかなり好みだった。これらもまた、ライブ・アニメーションならではの見どころのひとつといえる。
魅力的すぎるかえるくん
かえるくんのキャラがとにかく好きだった。見た目はかえるなのに、紳士的でどこかセクシー。それがクセになる。もちろん原作を読んだ時からかえるくんのことは好きだったのだが、こうやってアニメーションで具現化されるとますますファンになってしまった。6つのストーリーの中にこのかえるくんが登場するのとしないのとでは、大きな違いがあっただろう。このかえるくんは、『めくらやなぎと眠る女』において最も重要かつ、愛されキャラであることは間違いない。
村上作品ならではの、鑑賞者と“創造する”大人アニメーション映画
いち村上春樹ファンとして、「よくぞ村上作品の世界観を表現してくれた!」と思う一方で、映画ファンやアニメファンとしては少々わかりづらいと思う点もあった本作。
たとえば「めくらやなぎと、眠る女」パートの、小村が従兄弟の病院へ付き添うところ。本作では従兄弟の病気ことや、ふたりがこれから何をしにどこへ行くのかなどの部分になかなか触れられない。原作を知らないものには少し辛抱の時間となるだろう。また、これは原作からなのだが、どのストーリーも核心部分は霧で覆われている。つまり“その種”の作品であり、鑑賞者の想像力と創造性をあわせてはじめて完成する作品なのだ。なんとなく見始めたもののあっという間に終わってしまい、「あれ?よく分からなかった」ということになりかねない。しかしながら、それこそが村上春樹作品の魅力であることも確かであり、その塩梅がなかなか難しいところ。
反対に、原作にないシーンが加えられてもいる。それらは個人的には、本作において非常に効果的であると感じるものだった。原作未読の方は自身の想像とあわせて楽しみ、原作ファンの方は映画ならではの追加シーンにも注目して楽しんでほしい。
作品情報
2022/109分/フランス、ルクセンブルク、カナダ、オランダ合作
アニメ映画『めくらやなぎと眠る女』
公開日:2024年7月26日(金)よりユーロスペース他にて全国公開
原題:「Saules Aveugles, Femme Endormie」/英語題:「Blind Willow, Sleeping Woman」
監督・脚本:ピエール・フォルデス
原作:村上春樹/「かえるくん、東京を救う」、「バースデイ・ガール」、「かいつぶり」、「ねじまき鳥と火曜日の女たち」、「UFOが釧路に降りる」、「めくらやなぎと、眠る女」
声の出演:ライアン・ボンマリート、ショシャーナ・ビルダー、マルセロ・アロヨ、スコット・ハンフリー、アーサー・ホールデン、ピエール・フォルデス
配給:ユーロスペース、インターフィルム、ニューディアー、レプロエンタテインメント
(c)2022 Cinéma Defacto – Miyu Prodcutions – Doghouse Films – 9402-9238 Québec inc. (micro_scope – Prodcutions l’unité centrale) – An Origianl Pictures – Studio Ma – Arte France Cinéma – Auvergne-Rhône-Alpes Cinéma
公式サイト:http://www.eurospace.co.jp/BWSW
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