MINI THEATER

『プロミシング・ヤング・ウーマン』Promising Young Woman(2020)-Emerald Fennell

罰+赦し=天使の仕事

映画boardに投稿させていただきました。

▶︎【ジャンルレスな復讐エンターテインメント】新しい時代を切り拓け!『プロミシング・ヤング・ウーマン』

※映画boardクローズのため、記事内容を掲載しています

2021年アカデミー賞脚本賞を受賞し、監督賞の候補にもなったエメラルド・フェネル監督の長編デビュー作『プロミシング・ヤング・ウーマン』。映画を存分に楽しみながら、当たり前のように溢れている性差別のリアルを考えるきっかけになる復讐エンターテインメント。その魅力をご紹介します。

『プロミシング・ヤング・ウーマン』

2021年の第93回アカデミー賞。作品賞、監督賞を受賞した『ノマドランド』のクロエ・ジャオ監督、『ミナリ』で助演女優賞を受賞したユン・ヨジョン(Youn Yuh-jung)。そして本作『プロミシング・ヤング・ウーマン』のエメラルド・フェネル(Emerald Fennell)監督が脚本賞の受賞を果たすなど、女性が新たな時代の到来を力強く示しているようだった。

本作が映画監督として長編のデビューとなるエメラルド・フェネルは、女優、小説家、脚本家、プロデューサーなど各方面でその実力を発揮している。本作においてもさまざまなところで彼女のセンスと技が光り、クリエイターとして注目せずにはいられない。そんなエメラルド・フェネルの元に集結したクールな精鋭たち。製作に名乗りを上げたのは、カルト的人気を誇るハーレイ・クイン役で有名な女優であり、映画製作者としても手腕を振るうマーゴット・ロビー(Margot Robbie)。美術は『ザ・スタンド』(1994)でエミー賞のミニシリーズ部門でノミネートされたマイケル・T・ペリー(Michael T. Perry)。衣装はソフィア・コッポラ監督作『ヴァージン・スーサイズ』(1999)など数多くの作品を手掛ける人気デザイナーのナンシー・スタイナー(Nancy Steiner)が担当。本作においても衣装デザイナー組合賞を受賞している。

そして主人公カサンドラ(キャシー)・トーマスを演じ、「キャリア最高の演技」と絶賛されているのがキャリー・マリガン(Carey Mulligan)だ。『17歳の肖像』(2009)に続き二度目のアカデミー賞主演女優賞にノミネート。柔らかく周囲を包み込むようなキュートな笑顔は健在でありながら、クールに復讐をキメていくその姿とのギャップに魅了される。

ラブコメディやスリラー、ホラー、ブラックコメディなどさまざまな要素が含まれ展開していく、新感覚のジャンルレス復讐エンターテインメント。映画の魅力である娯楽性をしっかりと軸におき、そこに多種多様の味付けがされた本作は、まるで料理のフルコースのよう。次々に運ばれる味も見た目も美しい料理の中には驚くような隠し味もあるかも!?一見バラバラな一品一品にもしっかりとした軸の元に繋がりがあり、最初から最後まで飽きることなく楽しませてくれる、映画のフルコース。

本作ではエメラルド・フェネル監督からのお願いとして 

復讐は甘いもの。でも、鮮度が命。
映画を観た後、キャシーの計画をバラさないでくださいね。
だって、これはキャシーが語るべき物語だから。

出典元:https://pyw-movie.com/

とある。だからここではキャシーが語るべき物語とは別に、キャシーという一人の人間を読み解きながらその魅力を紹介したいと思う。

あらすじ

30歳を目前にしたキャシー(キャリー・マリガン)は、ある事件によって医大を中退し、今やカフェの店員として平凡な毎日を送っている。その一方、夜ごとバーで泥酔したフリをして、お持ち帰りオトコたちに裁きを下していた。ある日、大学時代のクラスメートで現在は小児科医となったライアン(ボー・バーナム)がカフェを訪れる。この偶然の再会こそが、キャシーに恋ごころを目覚めさせ、同時に地獄のような悪夢へと連れ戻すことになる……。

映画評論

Promising Young Woman=前途有望な若い女性

プロミシング・ヤング・ウーマン(Promising Young Woman)とは「前途有望な若い女性」という意味。これは2015年にスタンフォード大学で起きた性的暴行事件の裁判で、裁判官が刑(求刑に対しての減刑)を言い渡す際に「前途有望な青年の未来を奪ってはいけない」と加えた言葉からきたもの。

「前途有望な青年」は「前途有望な若い女性」の未来を奪った。しかし「前途有望な青年」の未来は閉ざされることなく周囲から救いの手を差し伸べられる一方で、「前途有望な若い女性」は?この判決により、アメリカでは大論争を巻き起こすこととなった。

本作では主人公のキャシーとある人物が「前途有望な若い女性」であったとして描かれていく。

リアルな復讐こそが最大の恐怖

キャシーはある事件をきっかけに、夜中にクラブへ出かけては泥酔しているように装っていた。そんな偽泥酔状態のキャシーに、介抱すると見せかけて優しい言葉で近寄る男たち。そして部屋へと連れ込み、性行為へ及ぼうとするところを、素面のキャシーがお仕置きする……

そのお仕置きというのは、口の中に拳銃をぶっ込んで「おい、お前わかっているよな?」などというスクリーンでお決まりの悪者の撃退方法ではない。現実世界に起こりうるいわば“本物の恐怖”で悪者を追い込むものなのだ。銃も使わなければ暴力でもない、実にクールでスリリングなお仕置きである。 

キャシーにとっての復讐=罰を下す+赦しを与える

ある人物は、自分の罪を認め懺悔する。そしてキャシーは赦しを与えるのであった。そのことから、キャシーにとっての復讐は、罪を犯したものにとっては正当に与えられた罰であり戒めであることが見て取れる。キャシーが「正したい」と毎夜のように行うお仕置き。それはこれまで被害にあったものにとって、またこれからの被害を減らすという意味でも救いであると同時に、加害者にとってもある意味救いなのだ。
キャシーにとっての復讐=罰を下す+赦しを与える

これはまさに“神”の仕事。 つまりキャシーは神の使い、“天使”なのだ。そこのことは作中さまざまなシーンに隠されたモチーフや音楽からも読み取ることができる。その美しいカットと音楽をぜひ探してみてほしい。また他にも『狩人の夜』(1955)のオマージュがいくつか組み込まれているところにも注目。

復讐の天使からの解放

キャシーは世直しのために復讐を重ねる。それは時に危険に晒されることでもあり、怒りや憎しみを買うものでもある。また復讐という怒りや憎しみの感情に溺れた正義感は、時に自分自身を苦しめることにもなる。誰かを愛することもせず、ただあの子のために、世の中のために……。

そんなキャシーの元に現れた医大の元同級生、ライアン。キャシーとライアンは少しずつ愛を育むことに。

これによってキャシーは長年支配されていた「復讐の天使」から解き放たれ、誰かのためではなく自分だけのために歩みはじめる。ライアンを愛することによって幸せを感じるキャシーは、ようやく自分自身も愛することができたのであった。その頃のキャシーの愛らしさったら。キャシーにこの幸せな時間がいつまでも続いてくれたらーー、そう願わずにいられなかった。

相手に判断能力がない状態での性行為はレイプ

酩酊状態、あるいは泥酔状態の女性(時には男性)に、性的な行為を行うことはレイプ(強姦)だ。また「NO」と言っているのに無理やり性的行為に及ぶこともレイプ(強姦)。

頭のどこかでわかっていても、男性は女性(時には男性が)が酔って覚えていないことをいいことに性行為をする。あるいは素面の状態でも、家にあがる=「YES」、その後「NO」と言っても「冗談だろ?」と納得できずに無理やり性行為をする。このようなことは、実はアメリカのみならず日本や他の国でも日常的に行われているのである。

しかも「酔って記憶がない」、「家にあがってしまった」ということにより、女性(時には男性)は自分が受けた酷い行為に対して「そうなったのは自分のせい」と思い込み、自分の中に留めておこうとする。しかしこのような流れからの性行為は、決して当たり前に結びつくものではなく、男女のルールでも大人の常識でもなんでもない。それは単純に、本当の自分に自信のない男がセコイ手を使って自分の欲望を満たしているだけのこと。「若さゆえ」「未熟」なんて言葉を通用させてはならないのだ。

また、家に連れて帰ることを「お持ち帰り」という言葉で表す人もいるが、この言葉自体が甚だ失礼だ。女性(時には男性)はものではないし、持って帰ることなんてできない。二人の人間がどちらかの部屋に帰るのであれば、どう考えても「一緒に帰る」という言葉が適切である。「一緒に帰る」=「SEX」なんて考え方も言語道断。果たしてこのような馬鹿げた思考はいつから広まってしまったのか。

キャシーになれない私たちにできること

私たちはキャシーにはなれないし、キャシーのような天使にはなれないかもしれない。ではどうすればこの当たり前に蔓延る性差別を排除し、ジェンダー平等の世の中を実現することができるのか? 

そう考えた時に浮かんだ答えは一つ。「ジェンダー平等が当たり前」の世の中にすること。親が子に伝え、子が親に伝える。先生が生徒に伝え、生徒が先生に伝える。兄が弟に、弟が兄に。姉が妹に、妹が姉に伝える。友達が友達に伝える。そういった小さな積み重ねが新しい未来を切り拓き、世界を創ると信じている。

作品情報

『プロミシング・ヤング・ウーマン』

監督・脚本:エメラルド・フェネル
出演:キャリー・マリガン、ボー・バーナム、アリソン・ブリー、クランシー・ブラウン、ジェニファー・クーリッジ、ラヴァーン・コックス、コニー・ブリットン
製作総指揮:キャリー・マリガン、グレン・バスナー、アリソン・コーエン、ミラン・ポペルカ
製作:マーゴット・ロビー、ジョージー・マクナマラ、トム・アッカーリー、ベン・ブラウニング、アシュリー・フォックス、エメラルド・フェネル
撮影:ベンジャミン・クラカン
美術:マイケル・T・ペリー
編集:フレデリック・トラヴァル
衣装:ナンシー・スタイナー
音楽:アンソニー・ウィリス
2020年/アメリカ/113分/PG12
配給:パルコ
原題:Promising Young Woman
公式サイト:https://pyw-movie.com/