FILM REVIEW

『12日の殺人』La nuit du 12(2022)-Dominik Moll

『12日の殺人』

※プロモーションを含みます

 『ハリー、見知らぬ友人』(2000)や『悪なき殺人』(2019)で知られる、ドイツ出身のフランスの映画監督・Dominik Moll(ドミニク・モル)の最新作。2022年のセザール賞では最終週作品賞、最優秀監督賞など最多6冠に輝いたほか、リュミエール賞やマグリット賞などでも受賞を果たし、世界で高い評価を得ている。

 脚本はモルと長年タッグを組んできたGilles Marchand(ジル・マルシャン)、音楽は今回が初タッグとなる『ONODA 一万夜を越えて』(2021)のOlivier Marguerit(オリヴィエ・マルグリ)が担当。事件を追う班長役をBastien Bouillo(バスティアン・ブイヨン)、その相棒をBouli Lanners(ブーリ・ランネール)が演じている。ちなみにブイヨンは『悪なき殺人』でも警官役を務めていた。

 「未解決事件」をテーマに、スリラーと人間ドラマが丁寧に描かれた本作についてモル監督は以下のように話している。

フィンチャーの映画でもっとも好きだと公言している『ゾディアック』のように、行き詰まるような犯人探しだけでなく、事件にのめり込むうちに、いつしか私生活にも影響を受けていく捜査員たちの日常をも丁寧に掬い取った優れた人間ドラマにもなっている。

https://12th-movie.com/

あらすじ

 10月12日の夜、女子大生のクララは友人たちとのパーティーを終え、親友ナニーの家を後にする。そしてスマホを取り出し、ナニーへビデオメッセージを送った。その直後、クララに不審な男が近付く。次の瞬間、男はクララにガソリンをかけ火を放った。火だるまになったクララは、翌朝焼死体として発見される……。

作品評論

シンプルなプロットで挑む「未解決事件」の本質

 前作『悪なき殺人』では、重なる偶然によって引き起こされた殺人事件を複数の視点から描き、見事な伏線回収によって秀逸にまとめ上げたドミニク・モル監督。今回は殺人事件の20%が未解決事件というフランスの現状に挑み、事件を担当する刑事の視点から事件に関わったひとびとに纏わりつく陰鬱な空気を丁寧に描いている。

 題材となったのは実際に起きた未解決事件。本作は、「事件発生→未解決」(もちろんこの間にはいろいろあるのだが)というシンプルな構成で、事件発生から事件解決までを起伏を持たせて描くサスペンスのよくあるプロットとは大きく異なる。これを描くのは非常に難しい。なにしろ事件は解決しないし、一本の映画としての到達点を定めることに漠然とした不安を常に抱えているようでどうも落ち着かない。しかしそれをやってのけるのが、鬼才モル監督というわけだ。そしてそれこそが未解決事件そのものであり、未解決事件の本質と言える。

偏見によって創り上げられる「被害者像」と「容疑者像」

 舞台はフランスのサン=ジャン=ド=モーリエンヌという山に囲まれた町。広大な山々を背景に、都会でもなく田舎すぎるわけでもない、ひとびとが生活する環境としてごく普通の町で事件が起きる。

 新しく班長に就任したばかりのヨアン(バスティアン・ブイヨン)の視点を中心に描かれることにより、彼と同じように事件にのめり込み、それが精神にまで浸透していくのがよくわかる。捜査が進むにつれ明らかになるごく僅かなクララの生活から、あまりにも単純かつ勝手な想像によって創り上げられる「被害者像」。同じく、噂や前歴や見た目から想像によって創り上げられる「容疑者像」。本作を鑑賞することで、人間がいかに偏見に満ちた生き物であるのを思い知らされることとなる。

真実を阻むものはいつだって主観である

 「犯人を知りたい」と自然に思うことは、追求心、好奇心、探究心と言えばいくらか聞こえがいいが、言ってしまえば「自らの欲求を満たすため」の行為でもある。事件の被害者家族や関係者、そして事件を追う刑事には、真実を明らかにしそれを知る権利がある。一方でネットニュースや噂話で事件を知った者、映画というスクリーンを通して遠くからそれを眺めるわたしたちは、ただの取り巻きに過ぎない。「知る権利」を振りかざし、自らの欲求を満たすためだけに真相究明を求めている者も少なくないだろう。そういった者が、主観だけで流された偏見に満ちた情報を鵜呑みにすると思うとなんと悍ましいことか。

 「事件+主観」で思い出すのがジュスティーヌ・トリエ監督の『落下の解剖学』(2023)。こちらもフランスの作品で、日本では先月公開されたばかり。ベースは法廷劇となっているが、「解剖学」というあくまで「分析」について描かれたもので、結局のところ本当の真実はわからないまま物語は幕を下ろす。「分析」を「捜査」と置き換えるならば、本作と共通している点は非常に多い。

 主観はいつも真実を阻む。世の中で確実に「真実」と呼べる出来事はいくつあるのだろうか?それは些細な日常においても不確かで、たとえ現場を撮影していたとしても、何かを「言った(やった)」、「言われた(やられた)」の言動だけでは心のうちが見えず、わずかなものも含めれば齟齬が生じる可能性は限りなく大きい。しかしそういうところが人間らしさであり、それをなくしたいならもはやわたしたちは機械になるしかないのかもしれない。そんな不確かな世界で不確かな人間という生き物は必死に生きている。それは紛れもない真実なのだ。

「女」であるがゆえ ※ネタバレあり

 無惨に殺されたクララ。事件発生後クララと接点のあった男たちは、クララを「物わかりのいい女」や「浮気性」などと証言し、刑事もクララの男関係を中心に捜査を進める。そんな状況に悔しさと怒りを募らせた親友のナニーは、「クララは女の子だから殺されたのよ」と泣きながら吐き捨てる。

 彼女と関わったすべての男が容疑者で、それを捜査する刑事も男。男が人を殺し、男が捜査する、男の世界。

 3年後、女性判事に呼び出されたヨアンは、女性捜査官ナディアを含む新たなチームで事件の再捜査へのりだす。男だけの世界に女が加わったことで事件はどう動くのか?

 「女」であるだけで殺される理由になる。バカげているようだが、実際そのとおりなのだ。本作の根幹はここにある。こんな異様な世界が変わるのに、あと何年かかるのだろう。

作品情報

© 2022 – Haut et Court – Versus Production – Auvergne-Rhône-Alpes Cinéma

映画『12日の殺人
公開日:2024年3月15日(金)
監督:ドミニク・モル
脚本:ドミニク・モル、ジル・マルシャン
原案:ポリーヌ・グエナ作「18.3. Une année passée à la PJ」
出演:バスティアン・ブイヨン、ブーリ・ランネール、テオ・チョルビ 、ヨハン・ディオネ 、ティヴー・エヴェラー、ポリーン・セリエ 、ルーラ・コットン・フラピエ
配給:STAR CHANNEL MOVIES
原題:La Nuit du 12

© 2022 – Haut et Court – Versus Production – Auvergne-Rhône-Alpes Cinéma