FILM REVIEW

『生きちゃった』All the Things We Never Said(2020)-Yuya Ishii

▶︎自分を押し殺して生きている人が震えるほど共鳴できる映画

『夜空はいつでも最高密度の青色だ』(2017)、『町田くんの世界』(2019)に続くYuya Ishii(石井裕也)監督の最新作。

2019年上海国際映画祭で発表されたプロジェクト「B2B(Back to Basics)A Love Supreme(原点回帰。至上の愛)」、映画製作の原点回帰をコンセプトに製作された。脚本を3日で書き上げ、立案からクランクインまで僅か2ヶ月という怒涛のスピードに乗って生まれた作品。映画を、魂を、奪い返すー。ポスターの仲野太賀の表情をひと目見て、観たい欲求にかられ映画館へ出かけた。

自分のことをちゃんとわかっていて、自分を大切にしている人にはちょっぴり入りづらいかもしれない。けれどもしあなたが、自分なんて……という思いを抱いていたり、自分を押し殺して生きているのであれば、震えるほど共鳴できるであろう。

誰でも簡単に“自分”を表現し発信できる現代社会には、それと対峙するように自分の思いをうまく言葉にできない人たちが数多く存在する。けれどみんな同じように心を持っていて、その中に愛だとか夢だとか怒りだとか不安だとかさまざまな感情を抱えている。それを上手くコントロールできないと、いつかは爆発してしまう。生きづらい人々が、ふと生きていることを実感できるのはいつどんな時なのだろうか。愛を叫ぶ時、夢を語る時、怒りを爆発させる時、不安で怖くて涙する時。自分の心、魂が叫ぶ時なのではないだろうか。

公式サイトはこちら→『生きちゃった

▶︎あらすじ

幼馴染みの厚久と武田と奈津美は、学生時代からいつも一緒に過ごしてきた。30歳になった厚久は奈津美と結婚し、5歳の娘がいる。そんな中、厚久が会社を早退し帰宅すると、奈津美が見知らぬ男と肌を重ねていた……

▶︎観賞ポイント

point 1|Taiga Nakano(仲野太賀)を筆頭とする俳優陣の並々ならぬ熱量

『生きちゃった』公式サイト

この作品の最も素晴らしい点は、俳優陣の凄まじい演技。Taiga Nakano(仲野太賀)を筆頭にYuko Oshima(大島優子)、Ryuya Wakaba(若葉竜也)、Park Jung-bum(パク・ジョンボク)、Yukiya Kitamura(北村有起哉)など本気の実力派が集結されている。とにかくその熱量が半端ない。セリフの少ない厚久役を演じた仲野太賀は、表情や佇まい、目の動きや瞬きなどの小さな動作で表現することによって鑑賞者の心に語りかける。圧倒的役者、仲野太賀。こういう作品が本当に素晴らしくハマる。そしてその親友である武田を演じた若葉竜也も繊細な表現であった。個人的には北村有起哉の変態芝居も好きだった。

point 2|女優・Yuko Oshima(大島優子)の新境地

『生きちゃった』公式サイト

「大島優子ってこんな演技うまかったっけ?」多くの人がその姿に驚くに違いない。かつてAKBというアイドルグループでトップを駆け抜けた彼女の新境地、まさに裸になって自分を曝け出した生々しい演技だった。

いくつもの苦悩に苛まれながらも、男に愛を求め、我が子に愛を注ぐ姿、91分という僅かな時間の中で奈津美という一人の人間の一生の生き様を見せつけられた。特に終盤の絶叫(どのような場面かは映画館でお確かめください)、あれは本当に凄かった。彼女の絶叫と夏のヒグラシの鳴き声、絶望する女の美しい演出だった。この演出によって、厚久が愛した奈津美という女はやはり「美しい」人だったのだと感じさせられた。

point 3|凄まじいラストシーン

例えストーリーに入り込むことができなくても、おそらくラストシーンには誰もが圧倒されるであろう。この作品はそのラストシーンのためにあると言えるほどだ。わたし自身、あのシーンが衝撃的で観賞後暫く呆然としていた。そしてわたしの後ろにいた見知らぬ男性も同じように椅子から立ち上がれずにいた。それほど。作品の全体的に見ると、セリフも少なく静かで、行間を読みながら観賞するため、ラストは観ているこちらも感情が爆発するような心地になった。見逃す人などいるわけがないが、この作品の最高潮であるラストシーンを重要な観賞ポイントにあげておく。

point 4|タイトル『生きちゃった』の意味

観賞後どうして『生きちゃった』というタイトルなのかを考えてみて欲しい。監督は監督の答え、わたしはわたしの答え、あなたはあなたの答えでいいと思う。この作品を観て、『生きちゃった』ということがどういうことなのかを考えると、より作品を深く噛み締めることができるだろう。

因みにわたしは、何かをしなくちゃ、こうであらなくてはと過ごす毎日の中で、心という繊細な美しい器にどんどん注ぎ込まれた黒い液体が表面張力を起こし、ふとした瞬間に一気に溢れ出した時、すーっと楽になったイメージ。溢れちゃった。日々切磋琢磨して自分を押し殺している時ではなく、そんな解放された瞬間にこそ生きていると実感できたのではないかと考えた。

▼作品データ

『生きちゃった』(日本)
公開:2020年
監督・脚本・プロデューサー:Yuya Ishii(石井裕也)
撮影:Tetsuhiro Kato(加藤哲宏)

▼観賞データ

ユーロスペース