FILM REVIEW

『アルプススタンドのはしの方』On The Edge of Their Seats(2020)-Hideo Jojo

▶︎熱く新しい青春を体感したいあなたにおすすめの映画

11月14日〜20日まで目黒シネマで、11月28日〜12月4日まで早稲田松竹での上映が予定されているためアップ。

コロナ禍で世界が一変した2020年の夏。つい数ヶ月前まで当たり前であった日常は、まるで遠い過去のように薄いセピア色の膜に覆われてしまった。そしてその影響は日本の夏の風物詩となっている第102回全国高等学校野球選手権大会(夏の大会)にまで及んだ。大会の中止。それは1915年の第一回大会開催以来79年ぶり3回目、戦後としては史上初の事態となった。

もちろんこの作品はそんなコロナ禍を予想して製作されたわけではないのだが、運命なのだろうか、この状況下で観賞する多くの人々の心に響いている。

青春の途中で夏が終わってしまったあなたへ、青春なんて経験することなく大人になってしまったあなたへ、これから青春したい若きあなたへ、これから青春に向かう大人のあなたへ。

青春はいつでもどこでも叶う。

何かに夢中になることに期限なんてないし、制限もない。こんな状況だからこそ、どんな人にでも味わってもらいたい。

映画を通して、熱く新しい青春を体感したいあなたにおすすめの映画。

▶︎あらすじ

県立東入間高等学校硬式野球部は夏の甲子園の1回戦に出場。学校の意向により全生徒が強制的に応援に参加することとなった。その5回表、アルプススタンドのはしの方では、野球の知識がほとんどない高校3年生の演劇部員安田あずはと田宮ひかるが観戦していた……

▶︎観賞ポイント

point 1|さまざまなキャラクターに重ねる自分と自由に創造するリアリティ

画像出典:Yahoo!映画

この作品の魅力は自分が作品と一体化できるということ。観賞し始めたばかりの頃には自分と作品の世界は「映画」と「映画館(冷たい飲み物を片手に持った冷房の効いた快適な空間)」、という当たり前の別世界であるのに、観賞後にはさも自分が映画の世界の中にいたかのような錯覚に持っていかれている。

実際にわたしの場合、猛暑日であろうと普段飲み物を短時間で飲み干すということは殆どないのだが、この日は作品が終わるまでに飲み切ってしまっていた。

その理由の一つとして、登場人物ひとりひとりのキャラクター設定にリアリティがあること。ここに出てくる登場人物は「あー、いるよね」と思うような子ばかり。そしてそこに自分自身も重ねやすい。さらに作品から伝わる情報量が少ないということも理由の一つであろう。BGMは吹奏楽部が演奏する音楽、そして応援の声。シーンのパターンも少なく、自ずとストーリーに集中し空白の部分を自身の頭で考え創造する(無意識に自分の経験や知識から創造する)。それによって、よりリアリルな世界を味わうことができるのだろう。

わたしは舞台には詳しくはないが、これは舞台の手法がそのまま映画にも活かされたということではないのだろうか。舞台では映像作品のようにシーンをバンバン切り替えることはできない。その中で観客にいかに作品に没入してもらえるかが大きなポイントとなるのだろう。映画となれば「見せる」ことのできる範囲はひ広がり、全てのストーリーを監督の演出で映し出すことができる。しかしできることを全部してしまわなかったこと、舞台に寄った演出が結果的にこの作品を魅力的に仕上げてくれたのだ。

それらがしっかりと押さえられているため、多くの人がこの作品と一体化することができ、自然と涙が溢れたり(わたしです)自然と手に汗握ったり、なんだか訳もわからない達成感や爽快感を得ることができる。

さすが「どんなジャンルやお題でも傑作に仕上げる映画料理人的な職人監督」。

だから観賞ポイントなんて風に背筋を伸ばして挑まなくても、とにかく野球を何にも知らない人も、キラキラ輝く青春なんて好きじゃない人も、一度観てみることからはじめよう。

point 2|作中に出てくる音

画像出典:Yahoo!映画

point 1にも記載したように、この作品のBGMは吹奏楽部による応援の演奏となっている。その他にも観賞中に聞こえてくる音といえば、応援団の掛け声、歓声、手拍子、メガホンを打つ音、鶯嬢のアナウンス、バッドにボールが当たる音……。これらの音に「注目はしなくていい」。これも不思議と重要な部分には、自然と集中して聞き取ろうとしているはずだ。心配しなくても作品の流れに身を任せていれば十分に楽しむことができるであろう。

point 3|映画、時々舞台のコミカルな演技

本作の原作は藪博晶、兵庫県東播磨高等学校の演劇部の顧問で、同演劇部が第63回全国高等学校演劇大会で文部大臣賞(グランプリ)を受賞した戯曲となっている。2019年には籔と大学の同期出会った劇団献身・ゴジゲンの奥村徹也が演出し、SPOTTEDLIGHTによるプロデュース公演が東京・浅草九劇で上映されていた。

そしてこちらもpoint 1に記載したように、舞台のような手法が活かされたお陰で観客の創造を自由に膨らませてくれている。キャストの4名が舞台から引き続き映画でも起用されており、ちょっぴり舞台っぽいお芝居もまた、いい意味でコミカルさを増してくれている。会話の内容もどうでもいいような「あるある」でテンポもよく楽しむことができる。

▼作品データ

『アルプススタンドのはしの方』(日本)
原作:『アルプススタンドのはしの方/Hiroaki Yabu(藪博晶)』
公開:2020年
監督:Hideo Jojo(城定秀夫)
脚本:Tetsuya Okumura(奥村徹也)
撮影:Yoshinobu Murahashi(村橋佳伸)

▼観賞データ

AEON CINEMA