MINI THEATER

『ソウル・オブ・ア・ビースト』SOUL OF A BEAST(2021)-Lorenz Merz

acinephile

『ソウル・オブ・ア・ビースト』

※試写

これは夢か、現か——。
スイス・チューリッヒで若者たちの生々しい<現実>と<幻想>が交錯する——
耽美な映像で観るものを心酔させる、大人のファンタジー

『ソウル・オブ・ア・ビースト』公式サイトより

 2024年12月13日(金)よりシネマート新宿他にて、『ソウル・オブ・ア・ビースト』が公開された。

本作は『Cherry Pie』でデビューしたスイスのロレンツ・メルツ監督の作品で、ロカルノ国際映画祭で審査員特別賞受賞。またスイス映画賞で主演男優賞、撮影賞、作曲賞受賞、作品賞を含む5部門へのノミネートを果たした。

 本作でスイス映画賞主演男優賞を受賞したパブロ・カプレツが主人公のガブリエルを演じ、ガブリエルが恋をするコリーを、『RAW〜少女のめざめ〜』「TOKYO VICE」で知られるエラ・ルンプフが演じている。

また、本作ではロレンツ・メルツ監督が影響を受けてきた日本の美学や文化、歴史なども反映され、漫画「子連れ狼」からも発想を得たという。作中では、ディズニープラス「SHOGUN 将軍」に出演した、俳優・武道家・コメディアンと、NYを拠点に多岐にわたり活躍しているヨシ天尾が日本語ナレーションを担当。

スイス映画でありながら、日本のスピリットがさまざまなところに散りばめられた、力強くも繊細な作品に仕上げられている。

夢と現実の間で、揺れる魂はどこへいくのか。爆発的な荒々しさと触れると壊れてしまいそうな繊細さが若者を疾走させる。

美しくもノスタルジーな映像で綴る、ある夏の刹那。
子ども、友人、恋人との関わり、喜怒哀楽、欲望、そして生死。それは生物の一生そのもので、己の野生的な魂と対峙させられる。

カリナチエ Xより

あらすじ

 17歳のガブリエルは、ひとりで息子ジェイミーの子育てをしていた。その理由はジェイミーの母親ゾエが、精神的な問題を抱えているためだった。そんななか、まだ遊びたい盛りのガブリエルはネットでジョエルという青年と知り合う。そしてその恋人のコリーと出会うこととなるが――。

作品評論

アートな世界観と日本語ナレーション

 冒頭からヨシ天尾による日本語ナレーションのインパクトが強烈。まさに天の声。この世界の外から主人公・ガブリエルを俯瞰し、わたしたち鑑賞者へと語りかける。映画『子連れ狼』をヒントにしたであろうこの手法は、「?!」と思わせるフックとして非常におもしろい。そこにノスタルジーなカラーのアートな映像が流れ込む。ちょっぴり照れてしまいそうな日本語ナレーションとクールな映像に、これからなにが起こるのかと胸が高鳴った。

 リズミカルに撮られた、背中→横からの姿(寄り)→横からの姿(引き)→背中→背中のガブリエルが歩くカットの繋ぎ。遊び心があり、個人的にはとても好きだった。また、主人公・ガブリエルの視線と鑑賞者であるわたしの視線が交差するかのようなカット、ボケがふんだんに使われたトリップシーンやスローのダンスシーンなど、独特のカメラワークによる表現を存分に味わうことができた。ほかにも、森の中のシーンでは光の撮り方が見事で、美しい木々や空、土といった自然が神秘的にみずみずしく輝き、素晴らしかった。

獣と人 ※ここから作品の内容に触れています

 荒れた街のなかで、育児をし、友と遊び、恋をする17歳のガブリエル。その様はまさに獣と同じ、生物そのものの営みだ。子を持つことと同時にごく自然に生まれた「責任」と、恋や遊びという「欲」。どちらも本能で、誰かが否定できるものではない。この本能は獣も人も同じなのだ。

この物語を鑑賞したあとにすべての登場人物を人間以外の動物へと置き換えてみても、ストーリーは同じように進む。それには、非常にうまくできているなと驚かされた。

 人間だけが特別じゃない。ただ、本能を抑え込んでいるだけなのだ。喜怒哀楽の感情も、生まれることと死ぬことも、野生の動物と同じこと。輪廻転生、獣も人も繋がっている。

この人間社会では獣のようにすべてを本能に任せて生きることはできない。しかしわたしたちも生物で、動物で、獣である。だから、自分の本当の気持ちを抑え込むことや他人の目を気にすること、ちっぽけな見栄やプライドなどは捨ててもいいんじゃない?そう思わせる。

自分に与えられた「命」をどう生きるのか?

この作品はそれを問うているような気がする。

「解放」を味わえる、青春×ファンタジックムービー

 夢と現実の境が曖昧なストーリー自体には、少し掴みにくさがある。日本語ナレーションの「天の声」、17歳の子連れ若者のリアルな青春、動物脱走事件などの複数の濃い要素が詰め込まれており、かつ説明描写は少なめ。それに加えアートな映像表現となると、どうしても難易度があがってしまうのは仕方のないこと。

 わたし自身も鑑賞から数日間、本作について考える時間が必要だった。ただ、頭の中で作品についてじっくり考え、ぐちゃぐちゃに絡まった糸の1箇所が緩み出すと、すーっとすべてが一気に解けるような感覚に。最終的には自分自身の野生的な魂とも対峙させられることとなり、意外にもスッキリすることができた。わたしの場合、そこに到達するまでに時間はかかったが、これこそ「解放」を味わえたということだろう。

長いあいだ動くことのなかった車にエンジンがかかり、ガブリエルの人生が動き出したのと同じように……

「欲」で手に入れたすべてを失ったガブリエルが、ラストにジェイミーの誕生の場面に戻ったように…… 

本作は、鑑賞した誰かの人生を動き出させるエネルギーを秘めている。

作品情報

「ソウル・オブ・ア・ビースト」

監督・脚本:ロレンツ・メルツ
出演:パブロ・カプレツ、エラ・ルンプフ、ルナ・ヴェドラー、トナティウ・ラジ
2021年/スイス/カラー/スタンダード/5.1ch/110分/スイスドイツ語、フランス語、日本語
原題:SOUL OF A BEAST 字幕制作:iGlore 配給:ライツキューブ
©2021 HESSE FILM GmbH / 8HORSES GmbH
公式サイト:https://x.gd/ow9J3

ABOUT ME
カリナチエ / CHIE KARINA
カリナチエ / CHIE KARINA
ライター
ファッションブロガー、ウエディングカメラマン、国際医療系NGO広報、モノメディアWEBライターを経てフリーライターへ。映画、カメラ、グルメ記事などを中心に執筆。また映画評論サイト「a Cinephile」を運営中。
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