短編映画集「Moirai」-Ken Ninomiya/Tatsuya Yamanishi/Shinji Araki

短編映画集「Moirai」
※試写
現代映画作家の二宮健監督、山西竜矢監督、荒木伸二監督が手がけたオムニバス短編映画集「Moirai」が1月24日より2週間限定で、東京・新宿武蔵野館にて上映中だ。
「Moirai(モイライ)」はギリシア神話における「運命の三女神」を意味するMoira(モイラ/Μοῖρα)の複数形。ラケシス・クロト・アトロポスの三女神の総称であり、人間の運命をつかさどるとされている。映画上映企画「SHINPA」のために撮り下ろされた3つの物語では、この運命の三女神が登場し、「生と死」に結び付き、運命を紡ぎだす。
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※以下、ネタバレを含みます。作品鑑賞後にお読みください
『嗚呼、かくも牧場は緑なりけり』
あらすじ
純之介は婚約者のハナと、彼女の育った牧場を訪れることに。そこでハナは元彼を純之介に紹介するという。戸惑いながらもハナの元彼に会うと、その元彼は一頭の老馬だった……。
作品評論 ※作品の内容に触れています
婚約者の元彼が馬だった、というお話。被写界深度浅めのボケを多用した映像は、コントラストが強めで不気味さを醸し出していた。
この映像やシチュエーションといった作品全体のトーンにヴァルディマル・ヨハンソン監督の『LAMB/ラム』が一瞬頭をよぎったが、それとも違う。次第に不気味さよりも可笑しさの方が優ってしまい、いつの間にか一歩下がって斜め上から見下ろしている自分に気付き、なんとも嫌な気分になった。作中に映し出された動物たちの瞳。それもこの時のわたしに似たものがあったのではないだろうかと考えると、鳥肌が立つ。
顔は馬っぽく、体は人間っぽい馬人間「ロケット」。ハナの元彼だというが、それはまるで頑固な花嫁の父親のようで、威圧的に婚約者の純之介を詰めていく。そんななか、ハナが「一度でもわたしの気持ち聞いてくれた?」とロケットに言い放つ。やっぱりロケットはモラハラ彼氏(元)だったのだ。
動物界にも人間界にもモラハラは存在する。どちらの世界が善でどちらの世界が悪ということはない。どの世界にもそれなりに問題があるということだ。もっともらしいご託を並べながらも相手を自分本位に押さえつけるロケットも、口だけは時代の先端を行くが肝心なところで弱腰の純之介も、ハナのパートナーとしては不安でしかない。
それでも純之介を選んだハナは、ラストに牛になる。なんとなく分かってはいたが、馬でもズーフィアでもなく、牛だとは。まさに多様性。ちょっと笑ってしまった。
『嗚呼、かくも牧場は緑なりけり』=『ああ、こうも牧場は緑であったよ』。この「緑」は「平和」がしっくりくるけれど、他人事のように本作を見下ろしているわたしたちも含めて「未熟」という意味も込められているのなら、かなりナイスな気がする。
作品情報
『嗚呼、かくも牧場は緑なりけり』
寺本莉緒 押田岳 細野哲弘/成河
監督・脚本:二宮健
撮影・音楽:堤裕介
照明:佐藤円
録音:岩丸恒
音響効果:松浦大樹
特殊造形:JIRO
スタイリスト:小笠原吉恵
ヘアメイク:金山貴成、さとう夏海
助監督:馬渕修
小道具:阿久井愛都
編集:二宮健、金田昌吉
MA:東凌太郎
撮影助手:久保寺美羽
録音助手:鈴木健太郎
特殊造形助手:小林誠実、福井章吾、金子大空、甲斐彩乃
スタイリスト助手:鈴木紗季、田丸ナツキ
ヘアメイク助手:深瀬璃桜
プロデューサー:菊地陽介、瀬島翔
『母と牛と』
あらすじ
洋司はある地方都市で母親の双葉と暮らしをしていた。双葉はほぼ寝たきりで、洋司は双葉の介護をする日々。そんな中、双葉が部屋で倒れているのを発見する……。
作品評論 ※作品の内容に触れています
洋司のうしろ姿からはじまる本作。冒頭のこのカットから、すでに彼が背負っている何かしらの重さがうかがえた。
洋司が背負っているものは母・双葉だった。介護なしでは生きていけない双葉を、洋司は嫌な顔ひとつせず支えていた。……というのは表面上で、あのうしろ姿こそが洋司の心のすべてを語っているのだ。
続く日常。ある日、倒れた母親を見つける。その時はそれがどのような意味であるのか確信を持てずにいたが、のちにその時母が亡くなっていた(確実に説明されるわけではなく、もしかしたら間違えかもしれない)のだと分かる。核心に触れないまま物語はすすむ。亡くなった母を車椅子にのせ、母の好きだった牧場へと出かける。
ラストに洋司が母をおいて女性を追うという行動をとったとき、ようやく母の死を受け入れ、解放されたのだろうと思った。介護という過酷な日々を過ごしていても母が生きていることは、洋司が背負っているもの以上に自らが生きる意味であり、大きな支えとなっていた。そして洋司は母を心の底から愛していた。
説明がかなり少ないため3作品の中ではもっとも難解。60分くらいの尺で、もう少ししっかり浸って観たかったなと思った。ダンスのシーンがとても美しかった。
作品情報
『母と牛と』
安西慎太郎 松永玲子 富川一人 安野澄
監督・脚本・編集:山西竜矢
撮影:米倉伸
照明:田口魅若
音響:⻩永昌
美術:鈴木聖菜
衣装:中村もやし
ヘアメイク:嵯峨千陽
助監督:中村幸貴
制作担当:小元咲貴子
音楽:渡辺雄司
撮影助手:藤野昭輝
照明助手:奥山飛楽莉
演出助手:森美春
制作応援:山口真凜
プロデューサー:菊地陽介 ラインプロデューサー:田中佐知彦
『その誘惑』
あらすじ
ある日、翻訳者の香織は、夫である孝雄の様子がおかしいことに気づく。それはまるで夫の着ぐるみの中に別人が入っているようで、行動や嗜好までもが今までと違う。香織はそんな夫の観察をはじめるが……。
作品評論 ※作品の内容に触れています
荒木伸二監督の作品はいつも設定に惹きつけられる。SFでありながら現代の社会問題などにも触れられ、作品と鑑賞者の距離感が非常に近く感じられる。『人数の町』も然り、『ペナルティループ』も然り。
そして本作は、夫と妻の親友の心と体が入れ替わっているお話。妻の香織が「最近夫の様子がおかしい」と、夫の異変に気づくところから物語がスタートする。
センスのいい部屋の中で、妻が夫に疑いの目を向けている。一見シンプルな設定だが、香織という人物像、夫婦の関係性、親友との関係性など、かなり緻密に作り込まれているのが分かる。香織役のアサヌマ理紗の演技も見事だった。本作において、物語をリードしていく香織の“雰囲気”がもっとも大切だったことは間違いなく、それを彼女は見事にやってのけた。
普通以下となったペンネアラビアータにやけにうまいぶり大根。そしてとろけるようなキス。このあたりのセリフ(香織の心の声)のチョイスもいい。リカの香織への愛が視線となって現れ、それは夫の瞳からもリカ自身の瞳からも強く伝わる。つまりは夫役の足立智充とリカ役の菅野莉央の呼吸のあった演技の賜物ということになる。隙がなくて、本当に素晴らしい。
静かな不気味さとコミカルさ、詩の朗読のように心地よいテンポ感に心にスッと入り込むセリフ、そして大袈裟すぎないSF設定に忘れちゃいけないエロチシズム。そこに美しい引きの構図が加わり……
完璧じゃない?と思うのはわたしだけではないはず。
「何?」
「待って」
「言ってよ」
「でもさ……」
「そうね」
この終わり方もめちゃくちゃ好きだった。
リカのトロけるようなキスを味わった香織は、この先?
まあ、わたしだったら耐えられるわけがない。
作品情報
『その誘惑』
アサヌマ理紗 足立智充 菅野莉央 石黒麻衣
監督・脚本:荒木伸二
撮影:渡邉寿岳 音響 黄永昌
美術:杉本亮、小林亮太
装飾:亀田沙織
スタイリスト:小宮山芽以
ヘアメイク:藤原玲子
助監督:池添俊
制作担当:中野拓朗、越部友貴
編集:早野亮
VFX:徐偉皓、李向欣
音楽:近藤彩音
撮影助手:伊藤ゆきの
監督助手:蘇鈺淳
美術助手:横森海悠
スタイリストアシスタント:鈴木虎太郎
編集助手:サイコ・エレーナ
音楽プロデューサー:緑川徹、濱野睦美
翻訳監修:田中裕子
グラフィックデザイン:平野奈央
フード:三上千秋
プロデューサー:菊地陽介、金子洋平