FILM REVIEW

『キャロル』Carol(2015)-Todd Haynes

▶︎美しい二人の、透き通るほど美しい完璧なラブストーリー

3月8日国際女性デー。今から117年前の1904年にニューヨークで行われた婦人参政権を求めたデモが起源となり、1975年には3月8日を「国際女性デー(International Women’s Day)」と制定された。

女性の私たちにとって決してまだまだ生きやすい世界とは言えないが、このような先人の積み重ねにより私たちの世界が今ここに広がっている。そして今の私たちは、未来を担う美しい芽のために声を上げ続けなければならないのだと強く感じる。

本日ご紹介させていただく作品は『キャロル』(2015)。緊急事態宣言下のため映画館に足を運べずにいる中、美しい愛の物語に久しぶりに自宅で涙した。

原作者は『見知らぬ乗客』や『太陽がいっぱい』で知られるミステリー作家のPatricia Highsmith(パトリシア・ハイスミス)。当初はクレア・モーガンという名義で『The Price Salt』として 出版されていたが、30年後にハイスミスの作品であると公表され『Carol』と改題された。小説は100万部を超える大ヒット、そして本作の映画『キャロル』もカンヌ国際映画祭で女優賞を受賞パルムドールにノミネート、また第88回アカデミー賞ではCate Blanchett(ケイト・ブランシェット)とRooney Mara(ルーニー・マーラ)がそれぞれ主演女優賞と助演女優賞にノミネートされ、注目を集めた。

▶︎あらすじ

1952年、冬のマンハッタン。写真を撮ることが好きなテレーズはデパートの玩具販売店でアルバイトをしていた。そんなクリスマスシーズンで賑わうデパートで、テレーズは美しく気品漂う人妻キャロルと出会う。

▶︎作品批評 *ネタバレあり

画像出典:『キャロル』公式Twitter

愛することに性別の垣根はない。その人の外見、仕草、そして内から滲む温もりに、人はごく自然に惹かれていく。生まれた時から男・女という区別がなければ、もっと自由にそして偽りなく、人を愛することができたんじゃないかと思う。

流れるようなカメラワークと少しのザラつきと温もりのある16mmフィルムでの映し出された映像。繊細な音楽、見る者の目を彩る絵画のような美術と衣装、そして何よりふたりの役者の一瞬の隙もない演技、その全てが正確に紡がれ創りあげられた美しい作品。特に『恋に落ちたシェイクスピア』や『アビエーター』などでアカデミー賞衣装デザイン賞を受賞したSandy Powell(サンディ・パウエル)が担当した50年代の衣装には注目すべき。ゴージャスでありながら洗練されたキャロルのファッションはもちろん、普通の女の子だけどクリエイティブさも燻るテレーズのキュートなファッション。また、キャロルと出会い外見的にも変化していくテレーズも要チェックだ。

画像出典:amazon

はじめてキャロルを見つけた時のテレーズの瞳が印象的であった。水面に降り注ぐ太陽の光が反射したように、テレーズの大きな瞳はキラキラと輝いていた。その純粋無垢な瞳は、生まれたての子供のよう。キャロルが「天から落ちたよう」と言ったのがよく分かる。

そしてそんな彼女が愛したキャロルは、ただそこにいるだけで美しい。優雅な佇まいと洗練された装いからも裕福さが窺える。さらに愛する娘もいて、一見誰もが羨むような生活を送っているのだと思わされた。しかし実際には家庭にも自身のジェンダーについても悩みを抱えている。

画像出典:『キャロル』公式Twitter

何にでも”Yes”と言ってしまうテレーズ、そして”No”と抗い続けるキャロル。二人の人間が愛を通して互いに影響を与え合い、変化していく。

キャロルは夫との親権協議の場で、自分の主張ばかりすることをやめ、娘にとって最も良い方法を冷静に考えようと夫に訴えた。そして自身のジェンダー・マイノリティについて認め、その上で正直に生きていきたいと話した。このシーンは大号泣だった。周囲からは”素敵な奥さん” “美しく幸せな人”などと勝手なレッテルを貼られ、強く生きてきたに違いない。けれど本当はいつも苦しくて、悩みを打ち明けられるのは幼なじみで親友のアビーだけだった。今の時代でもジェンダーレスがなかなか浸透しない中、1950年代と言えばジェンダー・マイノリティは精神科で治療を受けさせられるレベルであった。そんな時代背景を考えると、このシーンの凄さがより圧倒的に感じられる。ケイト・ブランシェットの熱演が恐ろしいほど輝いていた。

こんなキャロルを見ていると考えさせられる。キャロルは周りが勝手に作りあげたイメージの中で踠いている。女という見た目もそうだ。けれど本当のキャロルは、誰もが羨む幸せの全てを手にしたような人ではない。それはSNS時代の今でも同じように当てはめることができる。美しい容姿でラグジュアリーなファッションに身を包み、美味しいものを食べいている写真から見えるものは、全てが真実とは限らない。一方向からの情報は鵜呑みにすべきではないということ。ネットの情報、週刊誌の情報、誰かから聞いた噂、そして見た目が女性だから、男性だからということについても然りなのだ。間違えではないかもしれないが、それが全てではないということを忘れてはいけない。そうやってひとりの人間を、勝手な思い込みで枠にはめ込んでしまうことはしてはいけないと改めて考えさせられた。


そしてテレーズは冒頭のシーンであり物語の終盤のシーンでもある、リッツカールトンのカフェでのキャロルとの再会でその変化を見せつける。”No”をはっきりと言うのだ。ひとつの恋愛を通して、大人になっていく姿が端的に示されるシーンだ。キャロルはそんな彼女の姿に、喜びと寂しさを感じている。キャロルの瞳と口元の表情の違いからそれを見てとることができる。

テレーズの右肩にキャロルがそっと手を置き、彼女の元を去っていく。そして偶然テレーズを見かけたジャックはテレーズの左肩に触れ一旦その場を去る。ふたつの道を示されたテレーズは一旦はキャロルを拒絶。このことで彼女の成長を感じさせられる。しかし最後には自分の気持ちに正直になり、キャロルの元へ。ただ二人は見つめ合っただけで物語は終了してしまう。この後、二人がどのような続きを歩んで行ったのかは鑑賞者ひとりひとりに委ねられた形だ。2015年公開時にはどのような想像をしただろう?舞台となった1952年にはどのように想像しただろう?そして2021年のわたしは、二人が幸せになっていることをただただ望む。

美しい二人の、透き通るほど美しい完璧なラブストーリー。

▼作品データ

『キャロル』(アメリカ・イギリス)
原題:Carol
公開:2015年
原作:『The Price Salt/Carol』Patricia Highsmith
監督:Todd Haynes
脚本:Phyllis Nagy
撮影:Edward Lachman
衣装:Sandy Powell
美術:Judy Becker
音楽:Carter Burwell

▼観賞データ

・U-NEXT