FILM REVIEW

『ミツバチのささやき』El espíritu de la colmena(1973)-Víctor Erice

▶︎夜空にひっそりと瞬く小さな星のような映画

こんなにも、こんなにも、こんなにも美しい作品があるのか……。

初めてこの『ミツバチのささやき』を観賞した後、わたしはしばらくその場から立ち上がることができなかった。

こんなにも全てが、自分の感性にピタリと当てはまる作品があるのかと驚いた。この作品は今もそしてこれからも、まさにわたしの「大切な1本」である。

1973年、スペインのVíctor Erice(ビクトル・エリセ)による作品であり、シカゴ国際映画祭ではシルヴァー・ヒューゴ特別賞を受賞、サン・セバスティアン国際映画祭では金の貝殻賞(グランプリ)を受賞する他、トリノ映画祭でも最優秀作品賞を受賞するなどした。

この作品は、真っ暗な夜空にひっそりと瞬く小さな星のようだ。特別じゃないけれど特別。小さく儚いけれど、希望。暗闇の元に立つ人の心をじんわりとあたためてくれる。そんな作品だ。

▶︎あらすじ

1940年、スペイン内戦の終結後間もなくのフランシスコ・フランコによる独裁政権下、スペインの小さな村に『フランケンシュタイン』の巡回上映が行われた。多くの子どもたちが怯える中、6歳の少女アナはフランケンシュタインに夢中になった……。

▶︎作品批評

ビクトル・エリセ監督の長編デビュー作。エリセ監督は、1969年にオムニバス作品でデビュー後これまで、長編はこの作品を含めて3作というとても寡作な巨匠として知られている。

この作品を観賞する前には、時代背景を理解しておく方が内容を飲み込みやすい。1940年のスペインといえば、1936年から1939年に渡り続いたスペイン内戦が終結したすぐのこと。マヌエル・アサーニャが率いた共和国派とフランシスコ・フランコが率いたナショナリスト派(反乱軍)の戦いであり、スペイン国内が真っ二つに分断されていた。さらにこの戦いには、ソビエトやドイツなど他国も支援・参戦するなどしていた。最終的にはフランコ側が勝利し、その後強大な権限を持つ独裁政治をフランコが死亡する1975年まで行った。

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つまりこの作品の舞台は1940年であるため、フランコが率いる反乱軍の勝利となってすぐのことであり、そしてこの作品は1973年フランコ政権下のスペインで製作されたということだ。エリセは映画製作においてレジスタンス(反政府)行為を行おうとするのだが、検閲にひっかかって上映禁止ともなれば身も蓋もなくなってしまうため、それをすり抜けるためにさまざまなメタファーを用いて主張したのだ。

例えばアナの両親。二人は夫婦でありながらそれぞれ孤立しており、母テレサは手紙を書き列車に投函している。その内容から、母は共和国派であったことが窺える。そして父の部屋には共和国主義者の哲学者ウナムーノとの写真が飾られていたため、父も共和国派だったということか。そうやって観てみると、作品で描かれたこの夫婦の関係性に納得することができる。

そしてこの作品で最も重要なのは、やはりAna Torrent(アナ・トレント)演じる主役のアナの存在だ。彼女は撮影当時は7歳で、実際にフランケンシュタインの存在を信じているほど純粋無垢な子供だったようだ。そんなアナの魅力が溢れるばかりに引き出されているのは、エリセ監督の素晴らしい能力の他ならない。ワンカットが長めで、余白がたっぷりと取られたセリフ、そして無言のカットも多く使われ、彼女の眼差しや佇まいにどっぷりと浸かることができる。そして美しく絵画のように切り取られた完璧な構図の映像も素晴らしい。特に絵画、ドア、線路といった直線的なものの切り取り方が、寸分の狂いもなく気持ちが良い。

ストーリーとしてはフランケンシュタインを実在する精霊と信じる純粋無垢な小さな子供が、負傷した逃亡者と優しく交流し、そして実際にフランケンシュタインに出会うというハートフルな物語であり、このように簡単に説明するとたった80文字足らずで終わってしまうにも関わらず、果てしなく美しく、果てしなく深く、果てしなく心掴まれる作品だ。この不思議な心地がいつまでもわたしの胸の奥に残っている。

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内戦で人々の心にポッカリと開いた真っ暗な穴。女王蜂のために命ある限り働くミツバチのように、これからも人生は続いていく。それでもアナのような純粋な子供は、暗い時代の始まりの中の小さな輝く星であるのだ。

▼作品データ

『ミツバチのささやき』(スペイン)
原題:El espíritu de la colmena
公開:1973年
監督・原案:Víctor Erice
脚本:Víctor Erice/Angel Fernandez Santos
撮影:Luis Cuadrado
音楽:Luis De Pablo

▼観賞データ

・Blu-ray