FILM REVIEW

『詩人の血』LE SANG D’UN POETE(1930)-Jean Cocteau

▶︎溢れ出す芸術の洪水に呑み込まれる映画

詩人であり小説家であり劇作家であり画家であり脚本家であり、「芸術のデパート」と呼ばれるJean Cocteau(ジャン・コクトー)の映画監督デビュー作。サイレント映画とトーキ映画の狭間に時代に、名門貴族で芸術愛好家であったノアイユ子爵夫妻によって100万フランの資金提供を受け製作された。ニューヨークの映画館では20年以上ロングラン上映され、前回紹介したLuis Buñuel(ルイス・ブニュエル)の『アンダルシアの犬』と並びアヴァンギャルド映画の古典的名作と称されている。

2つを並べると個人的な好みとしては『アンダルシアの犬』ではあるが、この作品も敬愛する作品の一つだ。作中に登場するモチーフ、そして今から90年前の当時では革新的な映像技術によって丁寧に紡がれた芸術作品は、何度観賞してもわたしの心をわくわくさせてくれる。

恋人、Raymond Radiguet(レイモン・ラディゲ)が1923年12月に夭折してから阿片に溺れ、その絶望の果てに生み出された中編小説『恐るべき子供たち』の冒頭部分も再現。

これがコクトーが夢と現実を行き来し表現したかったものなのかと、はじめて鑑賞した時はただただ衝撃的だった。作中次々と溢れ出す彼の芸術という魔術に、わたしは呑み込まれてしまった。

やはり詩的映画には限界がない。歳を重ね足腰が弱り動けなくなっても、耳が聞こえにくくなっても、やがて感情を忘れてしまったとしても、わたしは渇いた瞳でこのような作品に触れていたいと思う。

▶︎あらすじ

煙突が崩れはじめ、崩れ落ちるまでの刹那な夢の出来事。第1話「傷を負った手、もしくは詩人の傷跡」、第2話「壁に耳はあるのか?」、第3話「雪合戦」、第4話「聖体の冒瀆」の4つのエピソードからなる。

▶︎観賞ポイント

point 1|Jean Cocteau(ジャン・コクトー)芸術の洪水

この作品の愛するポイントである、作品の中に溢れる芸術の数々。ストーリーを感じる前にまずそちらに心が奪われてしまう。場面のどこを切り取っても作品になる。美術館を巡っているようなそんな気分にさえさせてくれる作中の数々のモチーフ、或いは表現は、まさにコクトーの芸術の真髄である。正直なところわたしは一度の観賞では感情が追いつかなかった。2度、3度と何度も観賞することによってこの作品を多角的に捉えることができ、より深く愛せるようになった。これを一度に一つの映画作品として表現できるコクトーは、やはり

point 2|革新的な映像表現

生きた人間を使った「アニメーション映画」であり芸術の「実験映画」。最も有名なのが鏡の中に入るシーン。後の作品である『オルフェ』でも再映像化がされている。他にも観賞中に「あれ?なんだか不自然」と思うシーンにいくつか出会うだろう。ぜひ探してみて欲しい。そのトリックはどれも単純なものではあるが、当時は挑戦的であり革新的といえるものだった。それは今この時代に見ると少しギコチナイが、それがまた良いとこと。そこにある当時の現場の空気や作り手の頭の中が見えるようでゾクゾクさせられる。なんでも精巧に滑らかに創り上げてしまうことがいいわけではないのだ。

point 3|Enrique Riveros(エンリケ・リベロ)が演じる詩人

チリ人俳優Enrique Riveros(エンリケ・リベロ)が演じる詩人。表情や身振りがなんともいえない魅力を孕んでいる。感情を爆発させるとか憑依型とかそういうものでは一切なく、現実と夢、或いは形のない世界を行き来する詩人の姿を淡々と演じている。

他にも彫像役の女流写真家、Lee Miller(リー・ミラー)、空を飛ぶ練習をしている女の子や黒人の天使にも注目して欲しい。

▼作品データ

『詩人の血』(フランス)
原題:Le Sang d’un poète
公開:1930年
監督・脚本:Jean Cocteau
撮影:Georges Périnal

▼観賞データ

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