FILM REVIEW

『タイトル、拒絶』Life untitled(2020)-Kana Yamada

▶︎何もない人生に“何か”を教えてくれる映画

Kana Yamada(山田佳奈)による2013年に初演された同名舞台の映画化。『全裸監督』や『ミッドナイトスワン』などで知られるEiji Uchida(内田英治)とKoji Fujii(藤井宏二)をプロデューサーに迎え製作された。本作主演、近年多くの作品に引っ張りだこのSairi Ito(伊藤沙莉)が第32回東京国際映画祭で東京ジェムストーン賞を受賞している。

カノウ役を「誰にも渡したくなかった」という伊藤沙莉目的で観賞。平日の夕方でありながら、わりと観客が入っていた。ざっと見た感じの年齢層は、女性は20代から30代位が多く、男性はもっと上が多いようだった。

観賞後は程よい爽快感と喪失感。そして後からじわじわくる痛み。

物語の舞台であるデリヘルは、近い人には近いだろうが、遠い人には全くといっていいほど関わりがない場所かもしれない。しかしこの作品から受けとることのできるメッセージは、どんな人にでも届く気がする。わたしたちの人生はタイトルが付けられるような立派なものではないかもしれない。それでも人は毎日立ち上がり目の前にあるその道を歩んでいる。微かなプライドを胸に。

人生ってなんなんだろう、そこに意味はあるのだろうか。それでも、それでも……と追い続けている何か。誰にも譲りたくない何か。ひとりひとりが持つ“何か”。

何もない人生だと思っていたとしても、この作品は観賞する人みんなそれぞれに“何か”を教えてくれる。或いはそのヒントを必ず残してくれると思う。

▶︎あらすじ

カノウはデリヘル嬢になるために「クレイジーバニー」へ面接にやってきた。そして初めて客をとることになるのだが、その相手のあまりの気持ち悪さに逃げ出してしまう。自分にはセックスワーカーは無理だと分かり、デリヘル嬢の世話役として働きはじめる……。

▶︎観賞ポイント

point 1|舞台作品の魅力を継ぐ下着姿のカノウの独白とデリヘル嬢の待機部屋

画像出典:『タイトル、拒絶』公式サイト

とにかく冒頭のこのカノウの独白から引き込まれた。カノウ=Sairi Ito(伊藤沙莉)の熱量がダイレクトに胸の中に入ってくるのをリアルに感じた。シーンなくして、この作品は成り立たないと言っても過言ではない。原作舞台の魅力が生かされている。

そしてもうひとつ舞台原作ならではのデリヘル「クレイジーバニー」の事務所・待機部屋に軸を置いたストーリー展開。いつまでもバブル時代の夢に縋り付いて、現代から取り残されている小さな世界が見るからに痛々しく、キツイ香水とタバコと酒と精液、そしてカビの臭いを無臭なはずの映画館で感じた。ここで繰り広げられる人間のやりとりを観ていて退屈にならなかったのは、所々に織り交ぜられたクスッと笑えるセリフのせいでもあるが、最も大きな理由は演者一人一人の細部に亘る演技のせいだったのではないか。誰もがナチュラルな、けれどもしっかりと、その役の演技をどのシーンでもどの瞬間でもしていた。そんなことは役者としては当たり前の仕事なのかもしれないが、なぜか一般的な作品より、より強くそう感じさせた。

point 2|うさぎのマヒルちゃん

画像出典:『タイトル、拒絶』公式サイト

伊藤沙莉の演技は予想通りに素晴らしく、カノウそのものでしかなかった。振り切る演技がやはり超絶。しかしそれに全く劣ることがないのがマヒルを演じたYuri Tsunematsu(恒松祐里)。可愛いくて愛されていて、けれど孤独で悲しくて狂気じみている。その混ざり合いが最高だった。

マヒルちゃんを見ていると痛くて痛くて、可愛くて可愛くて……。彼女の笑顔が今でも脳裏から離れない。そして力の限り抱きしめたくなった。周囲からはカチカチ山のうさぎちゃんだと思われているマヒルちゃん、あなたは……?

マヒル女子はこの現実世界にも溢れている。そんな人に、またそんな人の近くにいる人にもこの作品から本当の強さと優しさを受け取って欲しいと思う。そしてラストまで98分、とにかくマヒルから目を離さないで。

point 3|3人の男性

作中、デリヘル事務所に所属する男性が3人登場する。一人はHannya(般若)演じる店長・山下。そしてスタッフのDai Ikeda(池田大)演じるハギオとSyunsuke Tanaka(田中俊介)演じる良太。それぞれの男性がものすごく特徴的で、それぞれに「コイツ!?」と思わされる。この女の感情を本気でイラつかせるキャラクター設定もさすがだ。

こういう女性にしか書けないリアルな作品、刺さる。

point 4|劇中歌「燃える海」

女王蜂の「燃える海」。これめちゃめちゃいい曲。

▼作品データ

『タイトル、拒絶』(日本)
公開:2020年
原作:舞台作品『タイトル、拒絶』Kana Yamada(山田佳奈)​
監督・脚本:Kana Yamada(山田佳奈)​
プロデューサー:Eiji Uchida(内田英治)/Koji Fujii(藤井宏二)
撮影:Maki Ito(伊藤麻樹)
音楽:女王蜂「燃える海」(劇中歌)

▼観賞データ

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