FILM REVIEW

『狗神の業』Quy Cau(2023)-Luu Thanh Luan

acinephile

『狗神の業』

※試写

 2025年8月15日(金)より、ベトナムで歴代最高成績を収めたホラー映画『狗神の業』が、シネマート新宿他全国にて公開された。

本作はベトナム国内で6億円の興行収入を突破し、国産ホラーとして歴代最高成績を収めた話題作だ。また、日本のカナザワ映画祭において、新設された国際コンペティション部門「Choice of Kanazawa」の第 1 回長編グランプリ作品に輝いている。

 監督はルー・タン・ルアン、本作が初の長編作品となる。そしてキャストには、ベトナムのホラー王と呼ばれるクアン・トゥアンや国民的俳優キム・スアンなどの実力派に加え、インスタグラムのフォロワー数100万人超えの人気DJミーがオーディションを経て演技に初挑戦している。

犬肉販売を生業とする家族が父の怪死をきっかけに恐怖の渦へと飲み込まれていく。ベトナムで今なお続く犬食文化を中心に、過度な家父長制、不気味な村コミュニティ、狂乱の黒魔術の儀式などが描かれた、不快度MAXの最新ベトナムホラーとなっている。

あらすじ

 父親の葬儀のためナムは婚約者のスアンと共に故郷へと帰省する。葬儀の日の夜、ナムは不気味な夢をみる。その夢では家族全員の死体が売られる前の犬のように吊るされ、傍らで死んだ父が「家族全員を殺したがっている」と言い放つものだった。そしてその言葉通りに不可解な出来事が起こりはじめる──。

作品評論 ※作品の内容に触れています

※ネタバレを含みます、鑑賞後にお読みください

 まずはじめに伝えておきたいのが、本作には犬への暴力・恐怖表現が含まれるということ。鑑賞の際にはご注意ください。

 「ベトナムで歴代最高成績を収めたホラー映画」、これだけでホラー好きのみならず映画好きの興味を引くには十分だ。

 冒頭、虫の音が響く静かな田舎道で父が犠牲にシーン。バイクの荷台に載せられた死んでいるはずの犬の目は赤く光り牙を見せる。わずか数分ではあるが、このシーンで作品のある程度の質感や輪郭を捉えることができる。

冷たくも美しい映像の中に織り込まれた計算されたスタイリッシュな構図が印象的だ。一方で、この後の恐怖の根幹となるであろう赤い目の犬にはちょっぴりチープさを感じた。しかしある意味ではこのチープさに「おや?」と感じたことで、作品のを前にして細く開いた扉の手前から中の様子を伺っているわたしに、扉を大きく開けて中に足を踏み入れさせたともいえる。

次にタイトルが入り、バスに乗る主人公のナムと婚約者のスアンが映し出される。実家へと向かうバスをフリップ・オーバーで捉え、この先の不吉を予感させる。鑑賞者にはありがたい、わかりやすくおしゃれな手法だ。実家に着くと、ナムは父の亡骸の前に。父の見開いた目を閉じようとするが、一瞬閉じた目はすぐに開き、口、目、鼻、耳といった穴から血が流れ出す。人物の恐怖描写は悪くない。

シーンが変わり、叔母が初登場。スアンに犬肉を勧めるもスアンは拒絶する。このシーンでは強調された音とじわじわと寄るカメラワークがあわさり、叔母と犬肉、さらにはこの家族そのものへの不快感を煽る。人間そのものの“恐怖”にも期待が高まる。

 ストーリーの展開として気になったのは、父の葬儀の直後に息子であるナムが家族皆に結婚の話をするところ。全く母の言う通りで、一発目(初めての報告)は今じゃないだろ〜っとナムとスアンに呆れてしまった。ナムとスアンの空気読めない感が露呈したようにも思えたが、ナムとスアンの家族との距離感、ベトナムにおいての家族全員の結婚許諾の重要性、構成上のスアンの妊娠の周知のためには「今」だったのかもしれない。

また黒魔術師のシーンでは、慣習として真剣にこのような儀式を行なう方へはいささか失礼であるかもしれないが、先生が狂気を通り越しておもしろく見えてしまった。ここだけコミカルさが加わったように感じたのは、黒魔術が身近でないせいか?

それにしても叔母、叔父、叔父の妻(叔母)だけでなく父がゲスすぎる(忘れてはいけない母もね)。これでもかというほどの父の独裁っぷりには吐き気がした。これが家父長制というものか。正直なところ因果応報ならば彼らの悲劇は仕方ないとさえ思えてしまうほどのゲスさだ。これらの描写は、人間の醜さや愚かさといったある意味での恐怖が提示されている。

 本作が、ホラー映像の奥からわたしたちに問いかけてくるもの。本作の本質、それは人間が犬化することあるいは犬が人間化することで明示されている。

これまで人間が平然と犬に行なってきた酷い殺生が自らに返ってくることに。幼い頃大人たちが口酸っぱく言っていたふたつの言葉を思い出した。「相手の気持ちになって考えよう」「悪いことをすると自分に返ってくるよ」、こんな当たり前の話なのだ。

犬肉店や屠殺場のシーンにおいてのこれでもかと言うほどの音の強調と寄りのカット。本作の中でこれらの描写がわたしはもっとも不快だった。ゴア度的にはそれほど高くないが、やはり犬のことを想うと苦しくなる。この世界でわたしたち人間とともに家族同然の距離で暮らす犬が殺され、食べられることに対して込み上げる高純度の不快感だ。これこそ製作側からすると「してやったり」であり、鑑賞者側からすると「まんまと」なのだろう。

犬も人間も同じ、生きものなのだ。フランス・ドゥ・ヴァールが「多くの動物には人間と同じくらい複雑な心の働きがある」と言ったように、牛や豚、鶏だってそうなのかもしれない。わたしは殺されるのは痛いし怖いし嫌だ。だとしたらどんな生きものだって、痛いし怖いし嫌なのかもしれない。

 恐怖の象徴“二足歩行の魔犬”に基づいた物語である本作は、序盤からドキッとした恐怖がたたみかけるように配置されている。さらにソフトなゴアも入り、恐怖度はそれほど高くなく、ホラー映画が苦手な方でも十分楽しむことができる。だがそれだけではベトナム本国で国産歴代最高の興収を叩き出すことは不可能だ。やはり本作の本質がひとびとのこころに触れたのだろう。

そしてもし、鑑賞後にわたしと同じく高純度の不快感に襲われたならば、これを機に己の欲や利己主義についてあらためて見つめ直すのも悪くはない気がする。

文:カリナチエ

作品情報

「狗神の業」

原題:Quy Cau
監督:ルー・タン・ルアン
出演:クアン・トゥアン、ミー、ヴァン・ドゥン、ナム・トゥー、ハン・トゥイ、キム・スアン
2023/ベトナム/ベトナム語/カラー/99 分 配給:JIGGYFILMS
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公式サイト:https://x.gd/Sa2oC
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ABOUT ME
カリナチエ / CHIE KARINA
カリナチエ / CHIE KARINA
ライター
ファッションブロガー、ウエディングカメラマン、国際医療系NGO広報、モノメディアWEBライターを経てフリーライターへ。映画、カメラ、グルメ記事などを中心に執筆。また映画評論サイト「a Cinephile」を運営中。
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