『火喰鳥を、喰う』(2025)-Katsuhide Motoki
『火喰鳥を、喰う』
※試写
10月3日(金)より、映画『火喰鳥を、喰う』がTOHOシネマズ 日比谷ほか全国で公開されている。
原作の原 浩による小説「火喰鳥を、喰う」は第40回横溝正史ミステリ&ホラー大賞の大賞を受賞。ミステリーとホラーが見事に融合された衝撃のデビュー作として高い評価を得ている。そして今回、そんな絶賛の小説を『空飛ぶタイヤ』の本木克英監督と『ラーゲリより愛を込めて』の脚本家・林民夫のタッグにより映画化。キャストには水上恒司、山下美月、宮舘涼太(Snow Man)をはじめとする旬の俳優陣を中心に、吉澤健や麻生祐未といったベテラン陣も集結している。
信州の田舎で暮らす一家のもとへ届けられた先祖の日記をきっかけに、それに関わるものたちへ不可解な事件が次々と襲う。これは「怪異」か、仕組まれた「罠」か?予測不能なミステリ作品となっている。
あらすじ
ある日、信州の田舎で暮らす久喜雄司と夕里子の夫婦は先祖が眠る墓石に奇妙なイタズラがされていることに気づく。そんななか、地元紙「信州タイムス」の記者とカメラマンが雄司夫婦と雄司の祖父、母が暮らす家へ謎めいた日記を届けにやって来る。それは戦死した雄司の祖父の兄・久喜貞市の遺品だった……。
作品評論 ※作品の内容に触れています
※ネタバレを含みます、鑑賞後にお読みください
原作未読で鑑賞したのちに原作を読み、鑑賞した。個人的な結論を先にいってしまうと、原作未読ではやや分かり難い描写があり、原作読了者にとっては残念ながら物足りなさを感じてしまった。
原 浩による原作小説「火喰鳥を、喰う」は、そのスピード感から一気読みしてしまうほど夢中にさせられる作品だ。「え?どういうこと?先が気になる!!」という読者心をくすぐるミステリな展開とホラー好きにはたまらないグロテスクな描写や忍び寄る恐怖感は原作の最大の魅力とも言える。それを映画という時間が制限された映像作品に変換されたのが本作だ。
まずは原作未読でワクワクしながら鑑賞をはじめる。冒頭からの青みがかり淀んだ映像により、得体の知れない不穏さとじっとりとまとわりつくような不快感が与えられる。どこか懐かしさを感じる田舎の夏、気味の悪い墓石のいたずら、白い服を着た謎の女の子。その後開始20分ほどで夕里子の弟・亮とカメラマンの玄田の不可解な体調不良、雄司の祖父・保の失踪と、物語が猛スピードで動き出す。続いて帰還兵の藤村栄と娘のゆきが火事に遭い、中盤ついに宮舘涼太扮する北斗総一郎が登場。ここから物語が予想外の方向へと転換する。終盤はあれよあれよという間に北斗のヤバさが炸裂し、ジェットコースターの如くラストに不気味な緩みを味わい、放心状態で最後の最後に振り返ってはらりと涙が溢れるような。※実際には涙はまったく出ていません
前半のじっくり考えさせられるミステリ展開はとてもよかった。途中登場した火喰鳥にはチープさはなく、物語にすっと溶け込んでいたのが素晴らしかった。ジャングルのシーンもあれほどシンプルな映像で人間の極限状態を見せられたのは、工夫を凝らした演出の素晴らしさと役者の妙なるものとしかいいようがない。
一方で一気にギアを上げた後半には難解な点が多くあった。とくに千弥子については解りづらい。鑑賞後に考察する楽しさが与えられたと思うと悪くはない。しかしどうしても気になったのが2点。ひとつは北斗によって石をかぶせられた夕里子の死体の突飛もない登場のシーンだ。さらに、その夕里子の死体の顔が綺麗すぎることにかなりの違和感を覚えた。そしてもうひとつが与沢が運転中の車が突然燃えるシーンだ。スマホのビデオ通話のカットとはいえ、ここのCG感にはがっかりさせられた。火喰鳥の出来がよかったこともあり、余計に気になったのかもしれない。そこまで長くないシーンだが、個人的にはマイナスな意味で強烈な印象が残された。
メインの水上恒司と山下美月の演技は好演だったといえる。ふたりが持つ天性の爽やかさと本作の陰鬱な雰囲気の対比がよい。宮舘涼太については後半にかけて多少サイコ味に物足りなさを感じた。彼の纏うキャラクターはまさに北斗総一郎にハマっているのであろうが、表情の変化が少ないせいか後半の演技がやや小さく見えてしまった。
全体のストーリーとしてはなかなか面白かった。序盤の生きている人間と死んでいる人間の執着による生存競争……と思わせつつ、本当はあるひとりの男の強烈な執着によるものだったというオチ。
つづいて原作を読んでみた。正直原作は本当に面白かった。「始まる日」「一日目」「二日目」・・・「最期の日」とつづく物語。太文字で書かれた日記も追いやすい。やはりミステリとホラーの融合が素晴らしい。ホラー的なグロ描写も魅力だった。
それをもとに改めて本作を鑑賞すると、物足りなさを感じずにはいられない。ホラー要素、強いてはグロ描写が極端に少ない。横溝正史ミステリ&ホラー大賞の大賞受賞作なのだから、そこはもっとほしいところではないだろうか。たとえば、筆者が初見で気になった「夕里子の死体の顔が綺麗すぎる」シーン。原作ではなんと夕里子の死体はぐちゃぐちゃではないか。読みながら思わず「おっ」と声が出てしまった。綺麗すぎるのは山下美月の美しさのせいだとしても、たとえレイティングが上がったとしても……。彼女のファンには申し訳ないが映画ファンとしては、そんな山下美月の美しさを掻き消すほどの無惨さまでの振り切りをどうしても求めてしまうのだ。しかも北斗は夕里子を食べただなんて、本作の本質から考えると、恐ろしいほど重要な出来事ではないのだろうか。
重要な点といえば、もうひとつ。千弥子の妊娠についても直接的に触れられていない。あちら側の世界線の北斗と千弥子が雄司と夕里子の前に現れ見えないガラスのようなものを叩き割るシーンで、もしかすると妊娠しているかも?とも見えるが、やはり分かりにくい。初見でも感じた千弥子の説明が少ないせいで、彼女の妊娠とそこから生じた千弥子の執着による雄司との生存バトルが見えにくくなっていまっている。
また原作ではところどころにテロップが使われていたが、親切心からの説明と受け止めつつもやはり本作のような映画作品では、なんとか映像で魅せてほしかったというわがままも添えておきたい。
この物語は、現実世界からかけ離れたミステリやホラー作品ではない。多くの人が少なからずは持っているであろう「執着」。生死の極限状態で「火喰鳥を、喰う(人間を、喰う)」即ち「生」に執着した久喜貞市。孤独から自分と同じ能力を持つ「夕里子」に執着した北斗総一郎。原作においてはわが子の「誕生(命)」に執着した千弥子。最終的なキーとなった北斗の恐ろしいほど強い執着は、モノと情報に溢れる現代社会において私たちが常に隣り合わせているものなのだ。アイドル、キャラクターといった「推し」をはじめ、他人からの評価が見えやすい「SNS」、物価高や先の見えない将来に対する不安による「お金」など、私たちがいつの間にか強い執着心を持ってしまうヒト・モノ(コト)をあげ出したらキリがないほどだ。一歩間違えると貞市や千弥子のように、あるいは北斗のように、自分以外の人間を喰ってしまうような超えてはならない一線を超えてしまうかもしれない。
文:カリナチエ
作品情報

「火喰鳥を、喰う」
公開日:2025年10月3日(金)
監督:本木克英
出演:水上恒司 山下美月 森田望智 豊田裕大 麻生祐未 他
copyright:(C)2025「火喰鳥を、喰う」製作委員会
上映時間:108分
配給会社:KADOKAWA、ギャガ
公式サイト:https://gaga.ne.jp/hikuidori/
